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工藝文化 岩波文庫
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商品詳細
内容紹介 | |
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販売会社/発売会社 | 岩波書店 |
発売年月日 | 2003/08/21 |
JAN | 9784003316931 |
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工藝文化
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工藝文化
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柳宗悦(やなぎむねよし)の『工藝文化』をめくっています。この人の文章は怖いぐらいすごい。 『美術は個人主義の産物である。個人的意識が芸術をこの方に導いたのである。 だから個性が鮮やかであればあるほど、彼の作は特色を示している』 短い文章でずっずっとこちらに迫ってくる。 文庫本...
柳宗悦(やなぎむねよし)の『工藝文化』をめくっています。この人の文章は怖いぐらいすごい。 『美術は個人主義の産物である。個人的意識が芸術をこの方に導いたのである。 だから個性が鮮やかであればあるほど、彼の作は特色を示している』 短い文章でずっずっとこちらに迫ってくる。 文庫本で3行以上にわたる長い文章は皆無です。 そして、そこには何のためらいもなく、ずばずばと言い切っています。 まるで、羽生名人と将棋をさしているような錯覚をおぼえます。一つ一つの「歩」が明確な意図のもと、的確に押し寄せてくる。そして最後には「香車」で私の王将の前にずばりと王手でくる。 このような学術論文にはじめて接しました。 昔にはこのような方がおられたんですね、 なにかうちのめされた感じがしております。
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拾い読み。 ・工芸論を作りたかったのだろう。美と善と聖が一如であるというような壮大な論を。だがその論から除かれているところ(例えば官窯の青磁)、説得力の乏しいもの(例えば低廉性が美の性質であるというとこ。廉価であれば買い手・作り手とも目利きが強まりにくいのではないか)があり、おお...
拾い読み。 ・工芸論を作りたかったのだろう。美と善と聖が一如であるというような壮大な論を。だがその論から除かれているところ(例えば官窯の青磁)、説得力の乏しいもの(例えば低廉性が美の性質であるというとこ。廉価であれば買い手・作り手とも目利きが強まりにくいのではないか)があり、おおよそ万人向けでない。明らかに当時の評論・情勢へ対抗する武器になるよう意図がある。その点で純粋な工芸品の使い手には不誠実でないか。 ・公有の美、普遍性の美、というのを主張し、個別的、瞬間的な美は考慮されない。美の国(いったい何なのかは詳らかでないが千年王国のような感じ)の実現へとつながる性質(大衆性、そのための廉価性など)を列挙したかったのだろう。だが、それは個人にとって意味があるのだろうか?社会的な美とはどういうもので、どういう働きを個人にするのか。その追求が弱い。工芸化された文字というのを考えていることからも、明らかに個別性が低く見られている。なぜ統一的・分類的にならざるをえなかったのか、が逆に不思議。
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柳宗悦がみずからの工芸論を体系的に論じている。 本書の中で柳は、「吾々の工芸界に於ける運動は、「民芸運動」として知られてきたが、私共のひそかに誇りとすることは、これが外国の思想に発したものでなく、日本自らが生んだものだと云う事実である」と述べている。じっさい彼は本書で、みずから...
柳宗悦がみずからの工芸論を体系的に論じている。 本書の中で柳は、「吾々の工芸界に於ける運動は、「民芸運動」として知られてきたが、私共のひそかに誇りとすることは、これが外国の思想に発したものでなく、日本自らが生んだものだと云う事実である」と述べている。じっさい彼は本書で、みずからの工芸論とW・モリスによるArts and Carfts Movementとの違いを明確にしようと試みている。 モリスは中世の工芸家たちの作る作品の美が失われてしまったことを嘆き、それを現代によみがえらせようと試みた。彼は材料をよく吟味し、色彩によく注意し、美しさを意識的に追求した。だが中世の無名の工芸家の作品と比べてみるならば、モリスの作品には苦心惨憺の後を隠せないと柳はいう。彼はモリスの手になる工芸品の美を認めつつも、それを「美術家の試みた工芸品」と呼んで、無名の職人の手になる工芸品から区別している。天才でもなく教養ももたない中世の工芸家たちは意識的に美を追求することなどなく、美しい作品を作り出すことができたのである。 柳はここに、天才的な個人が意識的に作り出す「美術」と、無名の職人が伝統にしたがって作り出す「工芸」との違いを見ようとする。きわめて限られた天才だけが努力の末に美しい作品を生み出す道を、柳は「自力の行」や「難行の道」と呼んでいる。これに対して、職人が伝統にしたがうことでおのずと美しい工芸品が生みだされる道は、「他力の行」や「易行道」と呼ばれる。 これまで美術は個人の自由という観念に執着していたと柳はいう。だがそれは、新たな不自由なのではないか。他方、職人たちは伝統にしたがって工芸品を作り続ける。そこには意識的な技巧はまったく見られない。だが、彼らの技量が熟練されるにつれて、その技は自然に運ばれるようになる。伝統にしたがうという不自由さが、かえって自由に働く技を育む。ここに工芸の「美」が成立すると柳は考えたのである。
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