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47都道府県の名門高校 藩校・一中・受験校の系譜と人脈 平凡社新書
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47都道府県の名門高校 藩校・一中・受験校の系譜と人脈 平凡社新書

八幡和郎, CDI【著】

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47都道府県の名門高校 藩校・一中・受験校の系譜と人脈 平凡社新書

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 平凡社
発売年月日 2008/03/10
JAN 9784582854121

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47都道府県の名門高校

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商品レビュー

3

2件のお客様レビュー

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2015/08/02

文字通り、47都道府県の名門高校を扱った一冊。 首都圏出身の自分が知らない地方の名門校について、色々と知ることができた。

Posted by ブクログ

2014/07/20

私は30年以上前に当時住んでいた神戸市のはずれから電車と徒歩で1時間少しのところにある高校を卒業しました。有名な卒業生として最初に挙がるのが、あのダイエーを創業した中内氏ですが、彼は旧制中学である、神戸三中として卒業しています。 全体の同窓会(総会)は旧制中学も新制高校の卒業生...

私は30年以上前に当時住んでいた神戸市のはずれから電車と徒歩で1時間少しのところにある高校を卒業しました。有名な卒業生として最初に挙がるのが、あのダイエーを創業した中内氏ですが、彼は旧制中学である、神戸三中として卒業しています。 全体の同窓会(総会)は旧制中学も新制高校の卒業生も一緒にやるようですから、連続しているのだなと以前から感じていたのと共に、一中や二中はどこなのだろうと興味をもち、それが神戸高校や兵庫高校であることを知り今に至っています。 したがって、兵庫県の一中も当然、神戸高校だと信じていたのですが、この本を読んで驚きました。神戸高校は神戸一中なのであって、兵庫県の一中は、姫路にある有名な現在の「姫路西高校」とのことです。 そのあたりが兵庫県というのは江戸時代における5つの国から混成された集合体という複雑な事情も起因しているようですね。 この本は日本全府県(47)のいわゆる県の一高(旧制の一中)はどこなのかを解説すると共に、その県での特筆すべき私立高校も紹介しています。同一基準と著者の八幡氏がいっているように、東大と京大の合格数のみを載せていて面白い切り口だなと思いながら読ませてもらいました。 そのデータを見る限り、日本の高校(特に公立高校)の教育は素晴らしいものがあり、そのレベルが日本各地でかなり均質化されているのも素晴らしいと思いました。 断っておかないといけませんが、この本のメインである各県の名門高校(第二章)は、出身の神戸と現住所の埼玉を中心に読みました。 以下は気になったポイントです。 ・明治19年に文部省が「一県一中学校令(尋常中学)」をだしたが、24年に弾力化されて尋常中学が一中、ほかが二中になったところもある、兵庫県は姫路中学、神戸中学となったが、神戸でのちに第二中学として兵庫高校が設立されたときに、神戸第一中学となった(p11) ・江戸時代の日本の教育水準は高かったといわれるが、残念ながら根拠のないウソ。日本の支配層は世襲、さらにその下の専門職も世襲、官吏を試験で採用することもなかった(p16) ・そこそこ学のあった江戸将軍は、五代綱吉(教育ママのおかげ)、六代家宣(新井白石を家庭教師)、最後の将軍の慶喜くらい、共通項は嫡男でないので将軍にも大名にもなれそうにもなく勉強以外になかったから(p18) ・江戸時代の日本が立派な先進国だと誤解されるのは、幕末近くになってやっと実現した状況が早期から出来上がっていたと混同することにある(p24) ・江戸時代の殿様で地元出身は10家20藩で、ほとんどが外来者、転封のたびにほぼ全員が引っ越してきたので、結婚などを通じての地元の交流もわずか(p27) ・会津藩の藩士の多くは、桜で有名な信州の高遠から移ってきた、武田信玄につかえた信濃武士が主力で、いわゆる会津魂は、信州人気質以外のなにものでもない(p28) ・学制(明治5年)によると、全国を8大学区にわけて各大学区に大学校を1校、32中学区、210の小学区にわけて、全国に8、256、5.376万の大中小学校をおくとした。小学教育を優先し、3年程度で2.6万程度の小学校が設置(p32) ・明治10年に、東京開成学校と、東京医学校が合併して東京大学となった、明治19年には帝国大学、明治30年には京都帝国大学の開校にともない、東京帝国大学となった(p33) ・大阪、名古屋に先立ち、京城(大正13)台北(昭和3)に帝国大学が設置、旧体制が続いていれば、次に昇格したのは、金沢と岡山だろう(p34) ・高等中学は全国を5つにわけ、それぞれに1校ずつ設けられた、一高の次は三高だが、これは第三学区の高等中学校という意味であり設立順序でない、四高は金沢、五高は熊本(p34) ・県庁所在地にない一中として、弘前高校、安積高校(福島県)、松本深志高校(長野)、彦根東高校、郡山高校(奈良)、姫路西高校(兵庫)がある、県庁になれなかった城下町を文教都市として維持するという意図がある(p38) ・東京府立第一高女であった白鷗高校は、下町浅草にあり、第二高女(竹早)、第三高女(駒場)と比べて進学は高くならなかった(p45) ・GHQの要求が、フランスドイツなど、ヨーロッパ大陸の制度を輸入して形成された戦前の制度をアメリカ流に変更するものであり、民主化には関係がなかったのも事実(p51) ・埼玉県私立は都内の学校に通う生徒が多い中、狭山市の西武学園文理高校は県内ではトップ(p109) 2014年7月20日作成

Posted by ブクログ

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