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トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す 新潮文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新潮社 |
| 発売年月日 | 1995/12/01 |
| JAN | 9784102022016 |

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トニオ・クレーゲル ヴェニスに死す
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商品レビュー
3.7
54件のお客様レビュー
遠い昔、この本を原作にしたルキノ・ビィスコンテイ監督の映画を見ていて、いつか読みたいと思っていた。美少年ビョルン・アンデルセンがずっと印象に残っていた。改めて読んでみると、小説の少年とアンデルセンには全く違和感なく、彼だからこそ映画化が実現したのではないかと思う。なんて、映画中心...
遠い昔、この本を原作にしたルキノ・ビィスコンテイ監督の映画を見ていて、いつか読みたいと思っていた。美少年ビョルン・アンデルセンがずっと印象に残っていた。改めて読んでみると、小説の少年とアンデルセンには全く違和感なく、彼だからこそ映画化が実現したのではないかと思う。なんて、映画中心の感想になってしまいました。
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情景描写がすごく美しい。同じ芸術家をテーマにした2作だけどなんだか違う。自分と自分の外側と。芸術家も所詮人間。いい意味で。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
マンの魔の山読んで面白くて、中編と聞いたのでこちらを。ヴェニスに死すは映画の記憶が鮮烈で、読んでいる途中で映画のシーンが想起されて面白かった…。&やっぱり小説を読むというのは映画とは別の体験だし、それは言語化されないものでもあって、やっぱり不思議な感覚〜。あらすじを読んだり、人からの感想を聞いただけでは得られない、自分で読まないと得られない読了感…。 芸術家の生き方と、二つの逆の結末。魔の山に通じる構成・描写もあって、ニヤニヤ。 「トニオ・クレーゲル」 …なぜなら幸福とは、と彼は自分に言ってきかせた。愛されることではない。愛されるとは、嫌悪をまじえた虚栄心の満足にすぎぬ。幸福とは、愛することであり、また、時たま愛の対象へ少しばかりおぼつかなくも近づいていく機会をとらえることなのである。そして彼はこの考えを心に刻みつけ、徹底的に考え抜き、あますところなく感じつくした。(p.33) …春は仕事がやりにくい。これは確かだ、でもなぜなんでしょう。感ずるからですよ。それから、創造する人間は感じてもいいなんて思い込んでいる奴は大馬鹿者だからですよ。…感情っていう代物は、暖かい心のこもった感情っていうやつは、いつだって平凡で使いものにならない。芸術的なのはね、われわれの破壊された、われわれの職人風の神経組織の焦立たしさと氷のような忘我だけなんです。(p.44) …すべてを理解するとはすべてを許すってことでしょうか。どんなものですかね。認識の嘔吐と言いたいような何かがあるんですよ、リザヴェータさん。…ハムレットは知っていたんです。涙で濡れた感情の薄衣を通してもなおかつはっきり見る、認識する、覚えこむ、観察する。そうして手と手がからみあい、唇と唇とが触れあい、人間の目が感動のために盲目になってもう見えなくなる瞬間でさえも、この観察したものを微笑しながらわきに取りのけておかなければならない。…(p.52) 「ヴェニスに死す」 …芸術はいうまでもなく高められた人生である。芸術は普通の人生よりも人を深く幸福にするが、また人を急速に疲らせる。芸術は、自己の奉仕者の面貌に幻想的で精神的な冒険の痕跡を遺す。芸術はまた、情欲をその赴くがままに赴かしめる享楽生活がほとんど結果しえぬがごとき、神経の驕慢、過敏、疲労、好奇心を、たとい外面的な生活が僧院のように静かなものであっても、永いあいだには結果するのである。(p.126) …休息への欲求から彼は海を愛していた。秩序を持たぬ、節度のない、永遠のもの、虚無への、まさに自己の使命に悖る禁制の、またそれ故にこそ誘惑的な愛着から彼は海を愛していた。完璧なものに倚って静かにしていたいということは、優秀なものを作り出そうと心を砕く人間のあこがれなのだが、この虚無というものはつまり完璧なものの一形式ではあるまいか。…(p.151) …こののびのびとした、若々しく完璧な肉体には、なんという規律が、なんという精妙な思想が表現されていることだろうか。目に見えぬところで働きつつ、この神のごとき人間像を創造しえた厳粛にして清純な意志ーこの意志は芸術かたるアシェンバハにとっては既知の、馴染のものではなかっただろうか。冷やかな情熱をたたえながら、言語という大理石の大塊から、精神が眺め見たものを、精神的な美の塑像として鏡として人間たちに示し見せる、そのしなやかな形を創り出すとき、この意志はまた彼の内部にも働いていなかっただろうか。(p.171) …なぜなら美は、パイドロスよ、美のみが愛するに足るものであると同時にこの目にはっきりと見えるものなのだ。よく聴くがいい、美こそはわれわれが感覚的に受容レ、感覚的に堪えることのできるたった一つの、精神的なものの形式なのだ。事実また、もしそうでなくて神的なものが、つまり理性と真理とがそれ以外の途でわれわれの前に感覚的に現れててくるものなら、われわれは一体どうなってしまうだろうか。むかしセメレがゼウスの前で身を焼き尽くしてしまったように、われわれもまた愛のために身を焼き尽くしてしまうにちがいあるまい。だから美は情を解する人間の、精神へ至る道なのだ。ーしかしただ道にすぎぬのだ。小さなパイドロスよ、ただ一つの手段にすぎぬのだ。…愛するものは、愛されるものより一層、神に近い。なぜなら愛せられる者の中に神はいないのに、愛する者の中には神がいるのだから…(p.174)
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