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黄金の盃 ヘンリー・ジェイムズ作品集5
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黄金の盃 ヘンリー・ジェイムズ作品集5

ヘンリー・ジェイムズ(著者), 工藤好美(著者)

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黄金の盃 ヘンリー・ジェイムズ作品集5

定価 ¥7,150

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 国書刊行会
発売年月日 1983/05/01
JAN 9784336024978

黄金の盃

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2024/01/21

 1904年作。  ヘンリー・ジェイムズの後期3大長編の最後の作品。 「視点」を限定することによる事象の「曖昧化」、かなり大きく迂回して記述することによる文体の精妙さ難解さなど、ジェイムズの到達した構築物の高見が示されている。この複雑で難しい文体は、実は最初期からその傾向があった...

 1904年作。  ヘンリー・ジェイムズの後期3大長編の最後の作品。 「視点」を限定することによる事象の「曖昧化」、かなり大きく迂回して記述することによる文体の精妙さ難解さなど、ジェイムズの到達した構築物の高見が示されている。この複雑で難しい文体は、実は最初期からその傾向があったようだが、しっかりと集中し時間をかけて読まなければ意味がさっぱりわからなくなってしまうスリル、その複雑な味わいが私は大好きで、恐らくそのように感じる前に多くの読者は本を投げ出してしまうことだろう。  最重要な登場人物は4人。イタリア出身の青年公爵と、彼と結婚することになるアメリカ人の女性マギーとその裕福な父ヴァーヴァー氏、そして氏と結婚することになる、マギーの親友で実はかつて公爵の恋人でもあったシャーロット。  この大作の前半は主に青年公爵アメリーゴの視点を採られ、後半は公爵夫人となったマギーのそれが採られる。が、この作品では、これまでのジェイムズの短めの作品に見られたような「本当の単一の視点」ではなく、一般的な小説のように、複数の視点のあいだを飛び回る場面がある。二組の結婚を推進し、奇妙な存在感を醸し出すアシンガム夫人と、その夫である大佐との会話の場面なども挟まれてくるのである。この場合も、話し合う「外野」の夫婦からは事態の真相は曖昧にぼやけており(おまけに会話自体の焦点もぼやけまくっている)、「客観的な事実」がどうにも確信できないような、読者を不安に落とし込むような書法が継続されている。  ヘンリー・ジェイムズ自身は19世紀の作家であり、その認識も当時の常識人からかけ離れてはいなかったのだが、その「曖昧法」がもたらす不安と疑惑に満ちた空気は、確かに20世紀以降の現代芸術につながっているし、その点を私は現代芸術史上の最高のものの一つと考えている。  ここからは作品評を離れ私個人の問題意識における話になってしまうが、ジェイムズ作品を読むと「出来事」なるものは実際のところ、それを有意味なものとして受け取った「誰か」にとっての出来事でしかないのではないか、という気がしてくる。この点を応用するならば、私が取り組んでいる「音楽」というものも、それの「客観的実体」が問題になるというよりも、私たちが聴いているのは常に、「誰かにとっての音楽」でしかないのではないだろうか、と気づいたのである。呈示された作品は、まずはそれを書いた作曲家がいて、クラシックならその次に演奏者というものもいて、私たちが聴くことができるのは、この二者によって「音楽とされたもの」でしかないのではないか。もっと言えば、その作品を有意味な「音楽として」認識し商品化し、流通させた音楽関連企業等の主観さえもが、リスナーである「私」と「音楽作品そのもの」のあいだには既に介入されており、そのような「視点」を通してしか「音楽そのもの」に触れることが出来ない以上、「音楽そのもの」の「確かな客観性」は永遠に得られないのではないだろうか。

Posted by ブクログ

2013/12/18

表題の「黄金の盃」とは、作品冒頭に登場し、後半のヤマ場に再登場する水晶でできた大振りの杯に鍍金を施した品である。見かけは豪華でいかにも贈り物にふさわしい品に見えるのだが、かすかにひびが入っているため何かの拍子に落としでもすれば、そこから割れてしまう傷物である。ヘンリー・ジェイムズ...

表題の「黄金の盃」とは、作品冒頭に登場し、後半のヤマ場に再登場する水晶でできた大振りの杯に鍍金を施した品である。見かけは豪華でいかにも贈り物にふさわしい品に見えるのだが、かすかにひびが入っているため何かの拍子に落としでもすれば、そこから割れてしまう傷物である。ヘンリー・ジェイムズらしい作中の人間関係を暗示する象徴的なタイトルになっている。 イタリア人公爵アメリーゴは、アメリカの富豪で古美術品の蒐集家ヴァーヴァー氏の娘マギーとの結婚を控えていた。その結婚の仲介者であるアシンガム夫人のところには、友人であるマギーの結婚を聞いたシャーロットがアメリカから着いたところ。かつて、シャーロットと公爵は結婚を考えていたが、どちらにも資産がなく、あきらめざるを得なかった過去を持つ。夫人は彼女の帰国に不穏なものを感じる。 自分の結婚が父を孤独にさせることを案じた娘は、父の話し相手にと懐かしい友人を我が家に招く。美しく優雅で社交的なシャーロットが気に入った父は、自分の孤独を案じる娘のために娘の友人と結婚しようと考える。二組の夫妻は互いの家を訪ねあうことで、父と娘は以前のように家族で過ごし、公爵とヴァーヴァー夫人は苦手な父娘に代わり社交を引き受けるという役割分担が成立。すべてはうまくいくように思えたのだが…。 夫と友人の関係に不審なものを感じた公爵夫人は、アシンガム夫人を問い詰めるが、結婚の仲介者である自分が責められるのを恐れた夫人は知らぬふりを決め込む。ことを明らかにすれば父が悲しむことになる。今まで何も考えずとも幸福に生きてこられたマギーは、父を悲しませることなく事態を収拾するためにあれこれと考え、行動を起こす必要があった。 楽天的で権謀術策に長けていないアメリカ人の富豪一家と、社交の術に長じ、人の気をそらさない洗練された振舞いを身につけたヨーロッパ人に、人に優れた美貌と優雅さをもちながら資産のない美女が入り交じり、イギリスの社交生活を送る。働く必要のない階級のすることは食事とおしゃべり、観劇に晩餐会。夏ともなれば避暑の名目で友人知人を招いてのカントリー・ハウス暮らし。 広い屋敷の部屋やテラス、バルコニー、庭園を舞台に、組み合わせを変えた一組の人物を代わる代わる登場させ、対話させる。小説とは言い条、まるで舞台劇を見ているような設定である。劇作家として成功を夢見ていた小説家が、評判のよくない劇をリライトしながら書き溜めていったアイデアが長篇小説となったのが、後期の三部作。なかでも『黄金の盃』は、その掉尾を飾る作品である。前半は公爵、後半は公爵夫人と視点人物を切り替え、旧世界の社交界を渡り歩く人間の操る人心掌握術と新興勢力アメリカ流の粗野ではあるが真摯な情愛を対比的に描いている。 刻々と移り変わる事態の推移に伴って、愛しながら、その不実をなじり、追い詰めつつも夫を失いたくないマギーの心理が、限定された視点によって浮かび上がる。マギーが誰より愛する父が、妻の不貞に気づいているのかいないのかは、マギーの視点に限定されているため曖昧なままである。読者は マギーの眼を通し、耳を通して父の気持ちや考えを窺い知るしかない。ヘンリー・ジェイムズの作品が難解で曖昧極まるという評は、この辺りにあるのかもしれないが、愛しつつ疑わねばならない者の心理を描くにはこれ以外にない。 何不自由ない暮らしに恵まれて大きくなり、アメリカ国名の由来となった名家の血を継ぐ美貌の公爵との結婚という得意の絶頂から、夫と義理の母である友人との不倫疑惑という地獄に落とされてしまう若い娘の懊悩、意識の流れを追い、その人間的な成長を見つめる作者の眼が温かい。白いチョッキの腕ぐりに親指をはさんで庭を歩く小柄なヴァーヴァー氏の姿や、人の気をそらさないという持って生まれた能力ゆえに、女性問題に流されながらも、それなりの姿勢を崩さぬ公爵アメリーゴの流儀。『鳩の翼』のケイトを思わせる深謀遠慮の美女シャーロットの苛烈な生き様と、人物造形が巧みに生かされた読み応えのある長篇小説。人間心理や意識というものに興味のある読者にお勧めしたい。

Posted by ブクログ