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差異と反復(上) 河出文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 河出書房新社 |
| 発売年月日 | 2007/10/20 |
| JAN | 9784309462967 |
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差異と反復(上)
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プラトンやその後の西洋思想史において、同一なるイデアとその影なる移り変わる現象という枠組みの思考が受け継がれた中、ドゥルーズはこれを完全に転倒しようと試みる。差異が根元にあり、反復という形で同一性(なるもの)が表れるのである。反復は何か同じものを繰り返すのだとしたら、結局同一性に...
プラトンやその後の西洋思想史において、同一なるイデアとその影なる移り変わる現象という枠組みの思考が受け継がれた中、ドゥルーズはこれを完全に転倒しようと試みる。差異が根元にあり、反復という形で同一性(なるもの)が表れるのである。反復は何か同じものを繰り返すのだとしたら、結局同一性に回収されることになる。ドゥルーズは、差異に基づいてのみ語りうる反復がありうるのだということを、ニーチェも手がかりに語ろうと試みる。
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これは難しすぎた 1ページも読めない(-_-) でもタイトルには惹かれる「差異と反復」 同じように思える日々にも、わずかな差異に気づき、そこに感じた何かを季語に託せば俳句になる。音に託せば音楽に、料理人なら日々、その差異を手や舌で感じつつ反復しているのかもしれない。 子育ても差...
これは難しすぎた 1ページも読めない(-_-) でもタイトルには惹かれる「差異と反復」 同じように思える日々にも、わずかな差異に気づき、そこに感じた何かを季語に託せば俳句になる。音に託せば音楽に、料理人なら日々、その差異を手や舌で感じつつ反復しているのかもしれない。 子育ても差異と反復の繰り返しだ。 それを喜びと感じられるか、ただの日常とするか、そのわずかな差異を感じる余裕なく、その反復に参ってしまう場合もあるかもしれない。 逆にわずかな差異が気になって、反復を行えなくなる場合もあるかもしれない。 差異と反復 人によってこの単語をどう捉えるかは、 結構興味深い でも読むことは無理だった。難しすぎた。
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分巻の本には感想を書かないことにしていたのだけれど、忘れないうちにということで、書いておくことにする。 門外漢が哲学書を読むということは、本のすべてを丸呑みにすることを目的にすることが出来ない。本書は特にそうだけれど、哲学書というのは連綿と築かれた思想の新たなパッチワークであり...
分巻の本には感想を書かないことにしていたのだけれど、忘れないうちにということで、書いておくことにする。 門外漢が哲学書を読むということは、本のすべてを丸呑みにすることを目的にすることが出来ない。本書は特にそうだけれど、哲学書というのは連綿と築かれた思想の新たなパッチワークであり、すべてを理解するには強靭な記憶力と膨大な事前知識あるいは資料を必要とする。「読書」という関わり方としては、とても割に合わない。 門外漢の読み方とは、気に入ったところをピックアップしたり、論理の流れ、プロセスを一過性のものとして愉しんだり、そういうところにあるのだと思う。そもそも結論として納得できるような「〈差異〉〈反復〉=〈○○〉〈✕✕〉である」などという答えは存在しない。(ひとつの答えでなく定理であれば、本書の中に多数存在する。〈差異〉〈反復〉=〈開始〉〈再開〉など)少し長いけれど、以下、引用する。 「たとえばドストエフスキーあるいはシェストフにおけるように、答えを呼び起こさずにかえって黙らせるためには、問いというものが、十分な執拗さ〔存続〕をもって立てられさえすればそれでよい。このような場合にこそ、問いは、おのれのまさしく存在論的な射程を発見できるのである。存在論的な射程とは、否定的なものの否−存在には還元されることのない問いの(非)−存在のことである。根源的な答えや解、究極的な答えや解というものは存在しない。〈問い−問題〉のみが、あらゆる仮面の背後にあるひとつの仮面のおかげで、またあらゆる場所の背後にあるひとつの置き換えのおかげで、根源的であり究極的であるのだ。」(P290) つまり私のような者は〈問いの置き換え=論理のプロセス〉を愉しめばいいのだ。それが自分の思想のひとつとして無意識に浸透することもあるだろう。この考えについて引用。 「したがって、「学ぶ」ということは、つねに無意識を通り、つねに無意識のなかを過ぎゆき、自然と精神のあいだに、ひとつの深い共犯関係の紐帯を打ち立てるのである。」(P436) そういうことも期待しつつ、愉しめば良い。そういう意味で、とても満足できる読書だった。 非常に気に入った文章をひとつ。 「だからこそ宿命は、決定論とはきわめて両立し難く、自由とはとてもよく両立するのである。」 夢のような言葉だ。けれども、その「だからこそ」が難しい。 「宿命は、表象=再現前化された時間の順序に即して継起する諸現在のあいだの決定論的な諸関係によって、徐々に構成されていく、というわけではない。宿命は、それら継起的な諸現在のあいだの、局所化されえない諸連結を、もろもろの遠隔作用を、繰り返しと共鳴と反響の諸システムを、客観的な諸偶然を、数々の信号としるしを、そして空間的な状況と時間的な継起に対して超越的なもろもろの役割を巻き込んでいるのである。継起し、ひとつの宿命を表現する諸現在について、ひとは、水準の違いを別にするならば、すなわちこの場合、一方では多かれ少なかれ弛緩し、他方では、多かれ少なかれ縮約されているという事実を別にすれば、つねに同じことを、同じ歴史を営むものだと言うだろう。だからこそ宿命は――」 下巻も期待。
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