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民藝四十年 岩波文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店/岩波書店 |
| 発売年月日 | 1984/11/01 |
| JAN | 9784003316917 |

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民藝四十年
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商品レビュー
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「民藝」に関心を持ったのは、『手仕事の日本』を読んだことがきっかけだった。それから日本民藝館に展示品を見に行ったり、柳の著作を何冊か読んだりしてきたが、その活動の展開の跡を追って年代順に収録した『民藝四十年』、やっと入手して読むことができた。 「四十年の回想」の中で自身語ってい...
「民藝」に関心を持ったのは、『手仕事の日本』を読んだことがきっかけだった。それから日本民藝館に展示品を見に行ったり、柳の著作を何冊か読んだりしてきたが、その活動の展開の跡を追って年代順に収録した『民藝四十年』、やっと入手して読むことができた。 「四十年の回想」の中で自身語っているように、彼の物との縁は、朝鮮工藝(明治末から大正にかけ)―木喰仏(大正末から昭和初めにかけ)―諸国民藝品(昭和初め頃から今日に及ぶ)―美術館の建設―沖縄訪問―茶の湯の問題―美の問題、このような順序で進んできたが、それぞれの事項について、代表的な論考が収められている。 朝鮮の文化、特に当時評価のされていなかった李朝の器物に魅了された柳が、朝鮮における日本統治の在りように憤りを抱いて書いた「朝鮮の友に贈る書」、「失われんとする一朝鮮建築のために」。政治的な意図を持った論ではないものの、この時代にこれだけの意見を開陳したということに先ずは心打たれる。 「雑器の美」、「工藝の美」、「民藝の趣旨」と読み進めていくと、柳がどうして無名の工人・職人の手になる日常雑器を美しいと捉え、また民藝運動を起こしたかが理解できる。 そして、そうした考え方を裏打ちするものとして行き当たった「大無量寿経」の大願。「仏の国においては美と醜との二がない」と説かれる「美の法門」。ここまで柳の考え方を各論考を通じて読んできたので、ある程度理解できたような気はするのだが、分かったような分からないようなというのが正直なところ。 先入観や知識に囚われて物を見ることを何よりも柳は退ける。実際のところそれはなかなか難しい。でも曇りのない眼で見ることから始めたい。
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機械と人間を対置する思考。 コルビュジエは『建築へ』で「機械」を称揚した。それは時代精神でもあっただろう。 いま風に言えば「ハイテク」に棹さす態度ということになるか。 一方、柳宗悦は「手」や「自然」を称揚した。「機械には心が無い」のだという。 我々は「機械」と「自然」の対...
機械と人間を対置する思考。 コルビュジエは『建築へ』で「機械」を称揚した。それは時代精神でもあっただろう。 いま風に言えば「ハイテク」に棹さす態度ということになるか。 一方、柳宗悦は「手」や「自然」を称揚した。「機械には心が無い」のだという。 我々は「機械」と「自然」の対立を超えた身体性を考えることができる。それが「サイボーグ」ということだ。 そして「物質」と「情報」の対立を超えた身体性を考えることができる。それが「インフォーグ」ということだ。 息子の柳宗理は「機械生産における手仕事的な美徳」を追求したわけだが、父である柳宗悦は「機械はダメだ」という人だったようだ。面白い。 『工藝の協団に関する一提案』はギルドの話だ。興味深い。 > 少し言葉は変だが、私が物を買うのは、一生に「今この一個」をのみ買っているという行為の連続に過ぎないのである。(p.301 『蒐集の弁』) なんか断捨離とか片付けが出来ない人の典型的な言い訳のようで微笑ましい。 『美の法門』は美醜の二元論を批判し、「拙いままで美しいよう」ような在り方を説く。美醜は人間が作り出した観念。 > 凡夫だとて凡夫のままに、見事なものが出来るはずである。(p.276)
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難しいことをここまで平易に表現できる人を、他に知らない。 文は簡潔。 日常使われる雑器に美を見出すなんて、すごいと思った。
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