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フラニーとゾーイー 新潮文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 新潮社/新潮社 |
| 発売年月日 | 1983/02/01 |
| JAN | 9784102057025 |

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フラニーとゾーイー
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商品レビュー
4.1
172件のお客様レビュー
今の世の中とは一線を…
今の世の中とは一線を画している物語です。何か、読後はもちろん、最中にも温かい感じにしてくれます。
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繊細で感じやすいフラ…
繊細で感じやすいフラニーと、兄のゾーイーの2つのお話。感動どころをここと提示できないけれど、なんだか涙が出てしまいました。ゾーイーを含めた家族の行動の裏の優しさみたいなのが伝わってきます。
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グラース家の両親は旅回り興行の一員で、七人の子供たちが生まれた。長男シーモア、次男バディ、長女ブー・ブー(ベアトリス)、双子のウォルト(ウォルター)とウォーカー、ゾーイ(ザカリー)、フラニー(フランセス)で、長男シーモアが17歳の時、末っ娘フラニーは生後11ヶ月という年齢の幅。 ...
グラース家の両親は旅回り興行の一員で、七人の子供たちが生まれた。長男シーモア、次男バディ、長女ブー・ブー(ベアトリス)、双子のウォルト(ウォルター)とウォーカー、ゾーイ(ザカリー)、フラニー(フランセス)で、長男シーモアが17歳の時、末っ娘フラニーは生後11ヶ月という年齢の幅。 このきょうだいは天才を持ち、当時人気だったラジオ番組「これは神童」に順々に出演していた。 こちらに収録の2作は、下の二人、ゾーイとフラニーの物語です。 『フラニー』 週末の駅でガールフレンドを待つ大学生たちがいる。その一人のレーンが待っているのが、グラース家の一番下の娘で女優のフラニー。 この駅での様子が、秋風、気取った大学生、待ちわびる様子と格好つけたい様子、って描写が良いです。 レーンとフラニーは数日前に手紙をやり取りしてこの週末のことを楽しみにしていた。 だがレストランに入ったフラニーの様子は神経過敏だった。レーンが論じる大学での日々が、フラニーには「なんだか特研生みたい」と言う。代行で授業を行って、いかにも気取った服装でいかにも流行りの文学批評をするような人のことだ。 フラニーは「自分はどうにも駄目みたい」と感じている。思春期(は過ぎているか?)の潔癖さ、自意識、俗っぽい世間への反発、そんな自分が自意識過剰ではないか?と悩み、演劇への道にも悩んでいるのだ。次第にフラニーの不安定は増し、店のトイレに駆け込んで泣く。レーンは、戻ってきたフラニーの持つ本について聞く。それはロシアの巡礼者の物語だった。 フラニーは「部屋で休むから」と言って、レーンは一人で出かける。 『ゾーイー』 シーモア・グラースの突然の自殺から5年、次男のバディが年の離れた弟ゾーイー(ザカリ)に手紙を書く。グラース家の下から二番目の弟ゾーイーと一番下のフラニー(フランセス)は美貌に恵まれ俳優をしている。 グラース家の七人の秀才兄妹の長男で精神的支柱だったシーモアと、すぐ下の弟バディは、続く弟妹たちの面倒を見ていた。シーモアの独特な哲学、思想、宗教観、詩作は下の弟妹たちにも影響を与えていたのだ。 この物語は『フラニー』でフラニーがレーンとの散々な週末の直後。フラニーはまだ精神不安定で母のベシーは心配してる。こんな時に母がやることは『チキンスープを飲みなさい」ってことで、それにもうんざり気味。 母に言われたゾーイーはフラニーの部屋に行く。彼らの話題はフラニーが読んでいるロシア巡礼者の祈りの本ことになる。子供の頃からの経験やシーモアの影響で、キリスト教は信じられない。だが祈りを追求して追求して本当の自分の中心にたどりつきたい。心の平和が欲しい、でも利己心は捨てられない。 グラース兄妹は、この祈りをキリスト教だけでなく禅仏教哲学にも求めているみたいですね。 グラース兄妹の中では「言葉の曲芸飛行士」であるゾーイーは「祈りを現実の代わりにしてはいけない、事実を見るんだ。祈るならちゃんとイエスに向かって祈るんだ。何もかもごちゃごちゃにした相手ではなく」とかなんとか言う。 なんかゾーイーのほうが喋ってるよ 笑。 混乱するフラニーにゾーイーは「それならバディに電話するように言うか?」(バディは電話のない山小屋に住んでいて連絡が取れない)と言うが、フラニーは「シーモアお兄ちゃんと話がしたい」と言う。 ゾーイーは、昔シーモアとバディが住んでいた部屋に入り込む。ドアにも本にも彼ららしいメモがある。 そしてバディを名乗ってフラニーに電話をかける。 まあこの偽装はすぐバレるんだけど。 ゾーイーが言ったのは、かつて自分たちが順々にラジオ番組「これは神童」に出ていた時、シーモアは「太っちょのオバサマ」のためにちゃんとするんだ、ってこと。ゾーイーは、観客に見えなくても、スポンサーに理解されなくても、でもどこにでも「太っちょのオバサマ」はいる、いや、誰もが「太っちょのオバサマ」なんだ。そしてそれこそがイエス・キリストなんだよ、そして母親のチキンスープに気が付かないなら、自分の心なんて気がつくものなのか?と言う。 受話器を切ったフラニーは、すっかり安心した。ベッドに潜り込むが、今度は夢も見ずにぐっすり眠ったのだ。
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