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親米と反米 戦後日本の政治的無意識 岩波新書
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 岩波書店/岩波書店 |
| 発売年月日 | 2007/04/23 |
| JAN | 9784004310693 |
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親米と反米
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親米と反米
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商品レビュー
3.6
8件のお客様レビュー
日本人のアメリカに対する想いとして、親しみを感じる(親米感情)割合は概ね70%台を維持し続けている。本書が書かれたのが2007年、今は2025年であるから、この20年近くも多少の上下はしつつも、70%程度を継続しているようだ。私にとってのアメリカへの想いとしては特段意識しない国と...
日本人のアメリカに対する想いとして、親しみを感じる(親米感情)割合は概ね70%台を維持し続けている。本書が書かれたのが2007年、今は2025年であるから、この20年近くも多少の上下はしつつも、70%程度を継続しているようだ。私にとってのアメリカへの想いとしては特段意識しない国というのが最もしっくりくる。例えばオバマ大統領の様な非白人系の大統領が生まれた際や、対テロ戦争に明け暮れたブッシュ大統領、徹底的なナショナリズム「アメリカファースト」を掲げるトランプなど、我々の目に映るアメリカは、その大統領そのもののイメージが重なる部分が大きい。それは現在を生きる私の感覚から、アメリカとの経済力の差異や生活の違いをあまり意識する必要がなくなった事、テレビやインターネットで日常的にアメリカの政治や文化を目にする事、街を歩けばアメリカ人がいる事自体が珍しくもない事など、アメリカをわざわざ珍しい別物と迄考える機会が失われたせいなのかもしれない。 かつて黒船でペリーが来航した江戸時代、その後の太平洋戦争で同国相手に戦争を経験した過去には、アメリカは馴染みのない国もしくは敵国として認識されていたから、そうした時期にはアメリカを「意識する」特別な感情が日本人の中にあった。まだ見ぬ文明化・機械化が進んだ脅威として、そして圧倒的な軍事力をもって対峙し、空襲や原子爆弾で日本を脅かした国として、恐怖の的となり、勿論、そうした時代は反米意識が強かったであろう。そして敗戦後に日本を支配したGHQの存在が今に至る親米感情の始まりになったのは間違いない。 本書はそうした時代背景と日本人のアメリカに対する感情について描いた作品だ。前述した様に、敗戦後の日本はアメリカ(マッカーサー)に頼る以外に生きる道が無く、好きか嫌いがでは無い保護者(親)としての見方が相応しい。そして当時の日本に無かった民間レベルでの生活の差異は、我々日本人に憧れの国というイメージを植え付け、それに倣う様にアメリカ的な生活や物が大量に日本に流れ込んでくる。そうした中ではいつもアメリカは憧れる国であったであろう。 その後サンフランシスコ条約により主権を取り戻した日本は、平和憲法により軍隊をもつ事がない。とは言え近隣の共産圏(ソ連や中国)から身を守る方法はアメリカの庇護が必要だ。日本は経済発展を選び、軍事はアメリカに任せるという方法を選んだ。こうした流れも守ってくれるアメリカ、という一層の親米感情醸成に繋がる。日本の高度成長期はアメリカ人の生活に追いつけ追い越せの時代であった。本書内でもこの辺りの日本人の感覚に、アメリカが日常として深く入り込んできた事を説明する。時には基地問題や貿易摩擦などで局所的な対立が発生するものの、多くの国民の意識の中に自然と入り込んでくるアメリカは、いつしか日本人のアイデンティティと一体化していく様相を描く。前述した私の感覚、アメリカを特に意識するでもなく、自然と彼らの生活を受け入れ、そして極端に繋がるグローバル化の中でやがて完全な一体化に進んでいる様でもある。 本書はそうした主には敗戦後の日本人のアメリカに対する意識を説明しながらも、日本人そのものがアメリカの軍事力を背景にどの様に発展してきたかという昭和の振り返りにもなっている。かつての大戦争を経て極端に敵視したアメリカを「親しみある国」に変える背景や経緯はそのまま昭和の歴史であった事を教えてくれる一冊だ。
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日本社会は、特異なまでに親米社会である。それが、どのように形作られてきたか、戦前戦後に渡って、大衆的レベルでの構造を明らかにしようとする。 しかし、記述は、表層を小難しくなぞるのみ。がっかり。 例えば、以下はまあ、表層的にはその通りだとは思う。 こうして50年代半ば以降の東...
日本社会は、特異なまでに親米社会である。それが、どのように形作られてきたか、戦前戦後に渡って、大衆的レベルでの構造を明らかにしようとする。 しかし、記述は、表層を小難しくなぞるのみ。がっかり。 例えば、以下はまあ、表層的にはその通りだとは思う。 こうして50年代半ば以降の東アジアでは、社会主義圏に対する軍事的基地の役割を韓国と台湾、そして沖縄が負い、日本はもっぱら経済発展の中枢としての役割を担って行くことになった。(略)この時、日本の中の「アメリカ」は、ある構造的な変質と隠微の構造を含んでいった。すなわち、軍事的な暴力と消費的な欲望が表裏になった占領者としてのアメリカが、ナショナルな消費生活のイメージを全面に出しつつ日常生活に深く浸透していくアメリカへと変容を遂げたのである。(15p) しかし、そのように「しかけた」アメリカ並びに日本政府・財界を無視しているか、見えていないので、そういうアメリカを支持した国民が、「主体的」にそれを選んだ事になってしまっている。 占領期の天皇とマッカーサーの「抱擁」が予感させた二つの帝国の談合的な関係が、60年代までには広範な国民の日常意識によって積極的に支えられる様になっていたことを示しているのである。(206p) 全然「主体的」ではなかったとは言えないかもしれない。しかし、それを批判的に見るのか見ないのかでは、天と地程の差があると私は思うのである。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
卒論書くときに読んでおけばよかったと激しく後悔。 アメリカがさまざまな表象をとおして日本に入りこみ、いつしか日本人の自意識をつくるうえで欠かすことのできない要素となっていったことを描いている。 その切り口は多種多様にわたり、非常に鮮やか。それだけに、この本に収まらないだけのもっと多様な断面があるのではないかとも思ってしまう。 戦後日本にかんして何か書くときは、外せない本ではないだろうか。
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