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ヴェネツィアに死す 光文社古典新訳文庫
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ヴェネツィアに死す 光文社古典新訳文庫

トーマスマン【作】, 岸美光【訳】

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ヴェネツィアに死す 光文社古典新訳文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 光文社/光文社
発売年月日 2007/03/20
JAN 9784334751241

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ヴェネツィアに死す

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商品レビュー

3.9

31件のお客様レビュー

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2026/02/23
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

映画をいつか観たいと思っていたら原作を先に読んでしまいました。 豊かな教養と、寓意に満ちた表現が、ヴェネツィアの瑞々しい情景と……タッジオの「美」を彩ってくれます。 そして、滑稽なまでの倒錯ぶりも。 倒錯する前も、偏屈な心情が可笑しみを生んで、飽きなかったです。 (後悔するところだった勢い任せの出立が、荷物の間違いで戻ることになって、内心小躍りするような喜び方してるところとか) 本筋と直接は関係ないのですが、芸術に関する視座の深さ(作者自身が投影されているのかもしれませんが)に、アッシェンバッハの作家としての矜持のようなものがみられて、人物像の説得力が卓越していると感じました。 『人々はなぜ自分たちがある芸術作品に名誉を送るのか、その理由を知らない。……しかし彼らが喝采する本当の理由は、量ることができないものである。つまり共感である。』 アッシェンバッハがタッジオに魅せられて作品を残したところからも、単純なルッキズムではなく、根源的な「美」というものへの憧憬を、みごとに切り取った作品だと思いました。 ……美少年尊ぇ面白おじさんとしても、もちろん読み解けますが。

Posted by ブクログ

2026/01/19

20世紀初頭のミュンヘン。著名な作家グスタフ・フォン・アッシェンバッハは、執筆に疲れてあることがきっかけで旅への憧憬をかきたてられる。いったんアドリア海沿岸の保養地に出かけたが、嫌気がさしてヴェネツィアに足を向ける。ホテルには長期滞在している上流階級のポーランド人家族がおり、その...

20世紀初頭のミュンヘン。著名な作家グスタフ・フォン・アッシェンバッハは、執筆に疲れてあることがきっかけで旅への憧憬をかきたてられる。いったんアドリア海沿岸の保養地に出かけたが、嫌気がさしてヴェネツィアに足を向ける。ホテルには長期滞在している上流階級のポーランド人家族がおり、その10代はじめと思われる息子タジオの美しさにアッシェンバッハは魅せられてしまう。  映画でストーリーを知る者が多いので、粗筋はいまさら蛇足かもしれない。  原作を読んでみると、タジオに逢うまでに若干溜めがある。まず彼はミュンヘンで、異様な風采の男を見かけて後を着けている。ちなみに美少年の類ではない。容貌の描写が続くが、むしろ逆である。目が合ってしまいその場を去るが、その時アッシェンバッハに起こったのは 「ある種のあてどなくさまよう不安、若々しく飢えた異郷への渇望、それは実に活発で、実に新鮮なのに、とっくの昔に捨て去って忘れ果てた感情」 これだけでは何のことかわからないのでもう少し続けると 「それは旅への欲求だった。それ以上ではなかったが、実に発作的に現れ、情熱となり、幻覚にまで高まった。」 とある。要は、“そうだ、京都、いこう”の類―旅への郷愁である。  著名な作家なので旅行費用はある。問題は彼の心情にあった。 「人生がゆっくりと傾き始め、完成できないという芸術家としての恐れ―自分の仕事を果たし、完全に自分を出し尽くす前に時計が止まってしまうのではないかという心配が、単なる気まぐれとして、もはや払いのけることができなくなっ」 たから、故郷の街を一歩たりとも離れる事は考えていなかった。そんなに苦しい思いから逃れればいいのではないか、と第三者は思うが 「自分のしぶとく誇り高い、繰り返し実証されてきた意思の力と、次第に募ってくるこの疲労感との間の、神経を磨り減らす日々新たな戦いも嫌ではなかった。この疲労感は人に知られてはならなかったし、作品に淀みや弛みが現れて人に悟られてもならなかった。」 生みの苦しみもまた人生に必要であった。 その均衡を破ったのが、特に美しくもない男性との出会いだったが、その旅先に―後に危険になる―留まることになったのは、間違いなく美少年との出会いであった。  文中にもはっきりタジオへの愛が述べられているが、直接告げることはない。また、いずれ彼の美が失われることも、アッシェンバッハはわかっているし、彼自身の美が完璧でないこともわかっている。映画では、タジオに一目ぼれし、何もかもわからなくなっている状態で、ただただ逃げ遅れて亡くなる、という印象だったが、原作ではもう少し理性的であった。なぜなら彼についての散文を書いているからだ。作家であることに満足し、時に苦しみながらも、最後はやはり書くことに戻ってきた、というのは作家の生涯としては幸福だったように思われる。

Posted by ブクログ

2025/09/30
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

理性の象徴のように尊敬されてきた人物が、実は俗物としての本性を抱えていたことが見える。彼は少年に対する自分の感情を一般的な好意と思い込み、老いらくの恋であることを自覚していない。このような孤独な人間ほど現実逃避に走りやすく、進展しない関係性に勝手に舞い上がってしまうものだ。コレラにかかり死ぬ間際でさえ、美しい少年に思いを馳せていた。最後に情熱を注げる相手に出会えたことは本人にとっては幸運だったのかもしれない。交流を避けたことで幻滅することなく、理想像にしたてあげ、勝手に死んだので、結末としては十分だ。恋は叶わないからこそ永遠であり、少年と関わらないことで美しく終える。

Posted by ブクログ