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複眼の映像 私と黒澤明
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 文藝春秋/文藝春秋 |
| 発売年月日 | 2006/06/25 |
| JAN | 9784163675008 |
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複眼の映像
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商品レビュー
4.8
9件のお客様レビュー
<さすが!>の一言である。褒めるべきことは褒め、けなすべきことはけなす姿勢が一貫しているので、メリハリの利いた作品論、映画論となっている。とくに橋本忍の名を知らしめた<羅生門><七人の侍>等についての回想は、これら黒澤作品の核となるイメージが立ちあがる制作プロセスを窺わせてくれ...
<さすが!>の一言である。褒めるべきことは褒め、けなすべきことはけなす姿勢が一貫しているので、メリハリの利いた作品論、映画論となっている。とくに橋本忍の名を知らしめた<羅生門><七人の侍>等についての回想は、これら黒澤作品の核となるイメージが立ちあがる制作プロセスを窺わせてくれるもので、まことに興味深い。 世界をうならせた初期の黒澤作品と退屈きわまりない後期の黒澤作品の違いをシナリオ段階での執筆手法の変化、及び黒澤の職人意識と芸術家意識との差に帰したところは、身近でともに苦しんだ橋本忍ならではの観点だろう。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
いい映画を作るには何が一番重要なのか。伊丹万作はこういう言葉を残している。 「良イシナリオカラ、悪イ映画ガ出来ルコトモアル。シカシ、イカナルコトガアッテモ、悪イシナリオカラ、良イ映画ガ出来ルコトハナイ」。 生涯弟子をとらなかった伊丹万作の唯一の弟子が橋本忍。その伊丹が「達磨寺のドイツ人」のシナリオを読んで「将来は日本映画を背負う大立者になる」と予言したのが、当時は一助監督に過ぎなかった黒澤明である。橋本の脚本「雌雄」を読んだ黒澤が映画にしたいと呼び、二人は出会う。その映画がヴェネチア映画祭金獅子賞に輝いた『羅生門』である。その後、小國英雄を加えた三人で『生きる』『七人の侍』の脚本を共同執筆することになる。 黒澤の映画はよく知られているが、その脚本作りについてはあまり語られることがなかった。黒澤映画の脚本は黒澤本人に複数の脚本家を加え共同で書かれる。テーマが決まると、まず第一稿をライター(橋本)が書く。それを黒澤が読んでダメを出し、再び打ち合わせをした後、ライターによって第二稿が書かれる。普通ならこれで完成だが、黒澤組の場合ここからが本番である。ライターが三人なら、三人が同じシーンを競作するのだ。そうして出来上がったものを突き合わせ、より良いものに練り上げられて決定稿が作られていく。「ライター先行形」と呼ばれるこの方法の場合、脚本の弱点は第二稿までにほとんど修正されてしまう。『羅生門』『生きる』『七人の侍』は、このやり方で作られた。 しかし、仕上げまでに三、四ヶ月から半年という「ライター先行形」は、時間と脚本料が普通の三倍はかかることになり、会社側はいい顔をしない。フリーの脚本家とちがって東宝の監督であった黒澤はこれ以降、複数のライターが討議を重ねながら一気に決定稿を書くという「いきなり決定稿」のやり方に変えている。『生きものの記録』『蜘蛛巣城』『隠し砦の三悪人』などがこの方法で書かれた。 しかし、一人のライターがテーマ、ストーリー、人物設定、さらに構成という脚本作りの準備作業を担当する「ライター先行形」とちがって、「いきなり決定稿」では、それらを誰がやるのかがはっきりしないままファーストシーンが決まると本文に入ってしまう。こうして出来た決定稿は実は共同で書いた「第一稿」に過ぎないのだが、名目上決定稿であるから撮影に回され、脚本としての弱点を抱えたまま映画は完成することになる。その結果、この時期の黒澤の映画はあまりパッとしない。 黒澤や橋本は力でぐいぐい突っ込んでいく脚本家である。それを小國が司令塔となってうまく水先案内をしていくことで『七人の侍』のような傑作が生まれた。司令塔を欠いた共同脚本が成功するには、別の個性を持つ脚本家が必要になる。『用心棒』『椿三十郎』『天国と地獄』という娯楽的な作品が興行的に成功を収めたのは菊島隆三という「前捌き」の巧い脚本家がついたからだ。しかし、『トラ・トラ・トラ』の降板騒ぎで菊島と絶縁してしまうと、黒澤の舵をとれる者が誰もいなくなる。 私が、黒澤映画をリアルタイムで見たのは『影武者』と、それに続く『乱』の二本だけだが、橋本によればこの二作品は失敗作。脚本の出来が悪すぎるというのだ。一応、井手雅人との共同脚本ということになっているが、司令塔の小國を欠いては黒澤の独り相撲となるのは仕方がない。作者が主人公に感情移入するのは当然だが、それが過ぎれば独りよがりなものとなって観客は受容できなくなる。黒澤はがむしゃらに突進する脚本家である。それをうまく捌いていたのが小國であり、菊島だった。若い井手には荷が勝ちすぎたのだ。 橋本はその後独立プロを作り『砂の器』や『八甲田山』を制作する。野村芳太郎は黒澤は橋本に出会わなかったら、ビリー・ワイルダーとウィリアム・ワイラーを足して二で割ったような世界の名監督になっていただろうという。誰が見ても面白い大作を作る職人監督という意味だろう。職人でなく芸術家を目指したのが黒澤の不幸だったかどうか、それは今は問わない。 良い映画が良いシナリオからしか生まれないというのが確かなら、黒澤組の追求した個性の異なる複数の脚本家による共同脚本作りは、これからも試されていい。『七人の侍』を超える映画を是非見たいものだ。
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黄金期の黒澤作品に関わったシナリオ共著者の貴重な証言。 「生きる」や「七人の侍」の制作過程での息詰まる葛藤。 「生きる」での公園建設を思いたってから、主人公の葬式場面に変わる省略シナリオ的には凄いと思います。
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