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シーシュポスの神話 新潮文庫
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シーシュポスの神話 新潮文庫

カミュ【著】, 清水徹【訳】

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 新潮社/新潮社
発売年月日 2006/09/01
JAN 9784102114025

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商品レビュー

3.8

77件のお客様レビュー

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2010/05/28

「異邦人」の背景を語…

「異邦人」の背景を語るカミュの哲学的エッセイです。「真に重要な哲学的な問題はたった1つしかない。自殺の問題だ。」という衝撃的な文章から始まる本書は、カミュの「不条理な哲学」を理解する上で、必読の書だと思います。

文庫OFF

2026/06/01

カミュが29歳の時の作品。若くして不条理に正面から向き合って語る彼の熱いエネルギーを感じました。 直ぐは理解できないところも多かったが全体像は朧げながら理解できた気がする。 何故彼が不条理についてこれほど思索を重ねたのか?と気になって彼の経歴を調べてみた。 彼は貧しい生まれで1歳...

カミュが29歳の時の作品。若くして不条理に正面から向き合って語る彼の熱いエネルギーを感じました。 直ぐは理解できないところも多かったが全体像は朧げながら理解できた気がする。 何故彼が不条理についてこれほど思索を重ねたのか?と気になって彼の経歴を調べてみた。 彼は貧しい生まれで1歳で父を亡くした事、小学校で恩師ルイ•ジェルマン先生に出会った事で人生が大きく変わった事を知った。彼はまた42歳で戦後最年少ノーベル文学賞を受賞している。受賞に際してルイ・ジェルマン先生に感謝の手紙を送っており彼の誠実な人柄を表していると思った。 ギリシャ神話のシーシュポスという人物とエピソードを初めて知った。

Posted by ブクログ

2026/05/28

この作品を読むまで不条理という言葉を僕が無闇に使っていたことがわかる。 カミュの言う不条理とは「この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死に物狂いの願望が激しく鳴り響いていて、この両者がともに相対時したままである状態」。 それは世界の普遍的な在り方のことでは...

この作品を読むまで不条理という言葉を僕が無闇に使っていたことがわかる。 カミュの言う不条理とは「この世界が理性では割り切れず、しかも人間の奥底には明晰を求める死に物狂いの願望が激しく鳴り響いていて、この両者がともに相対時したままである状態」。 それは世界の普遍的な在り方のことではないし、人間の理性が自発的に生み出すものでもなく、絶対の意味を持たない世界を、人間がなぜ今生きているのか?その価値は?と、飛躍も習慣も欺瞞も希望も持たずして明晰な理性で見つめたときに生じる状態。あくまで状態なのだ。 明晰な眼でみると「世界はひとつの巨大な非合理にすぎない」し「死というこの宿命の破滅的な照明を浴びると、無益という感情があらわれる」 何とも明快な定義だと思う。 じゃあこの不条理な世界で生きるとは・自殺するというのはどういうことなのか?という問い。 そんな世界、生きるに値しないじゃないかと考えてもおかしくない。 だけど、カミュは逆に、不条理と死をはっきりとみて意識した上で、熱情を抱いてそれに反抗することで自由を感じとることができる、と言う。しかも可能な限り多量に感じとることが生きるというということだと。そこに人の行動があり、自分の判断がある。 この考えについては、どこまでも抽象でつかみどころがなかったように思う。だから、自殺すべきではないというのはうまく飲み込めなかった。 また、カミュの偉大さとは絶対の理性で理解できる範疇で推論を進める力だと思った。 神を代表とする人智の及ばない、理解不能なものの上にはなにひとつ築こうとしない。確かなもの、確かにある感情を起点に世界と自分の在り方、意義、もしくは意義のなさを徹底的に試論する。 「ぼくの人間としての在り方に対応した表現でなされるものしか、ぼくは理解できぬ」 「真なるものを探究するとは、願わしいものを探究することではないのだ」 愛の曖昧さを抱きしたこの一文も秀逸。 「愛についてぼくの知るところは、ぼくをあるしかじかのひとに結びつけるあの欲望と優しい感情と知力の混じりあったもの、ただそれだけだ。」 ここに紐づく、よりよい人間になることを求めるのではなく、首尾一貫した人間であろうと試みるべきだというのは教訓に満ちている。 やっぱりカミュは人の持つ能力を信じているし、本当はそれ以外に頼るものがないことをずっと語っている。 それは僕自身がずっと言葉にできずに感じてきたことだ。宗教や資本主義や結婚、子供、そんな世間一般の人が問答無用で崇拝しているものがなぜ大事なのかが分からなかった。この試論を読んで、その理解不能さは僕の能力不足ではなく、ただ本質的にそれには深い意味のないだけかもしれないと思った。 「創造するとは二度生きることだ」とする芸術に関する記述も印象的だ。 「それはひとりの人生の目的や意義や慰藉ではない。」「真の芸術作品は、つねに、人間の尺度に釣り合っている。それは本質的に、《よりすくなく》語るものだ。」「思考するとは、なによりもまず、ひとつの世界をつくろうとのぞむことだ。」「人びとはもはや《お話》を語らない、自分の宇宙を創造するのだ。」 こんな芸術の創造の重要性が何かというと、それはひとえに自らに試練を与えることができるという点なんだろう。新しい世界を創造するためには、幻想を捨て去り不条理な現実に近接していく必要がある。それが試練だ。そして、世界自体なくてもいいんだという不条理に気づいてはじめてのびのびとした態度で生きることができる。大切なのは、どこまでいっても世界と自分に意識的になることなんだ。 創造の喜びをこんな風に捉えるのも、どこまでもストイックなカミュな特徴だ。

Posted by ブクログ

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