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そして名前だけが残った チェロキー・インディアン 涙の旅路
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そして名前だけが残った チェロキー・インディアン 涙の旅路

アレックス・W.ビーラー(著者), 片岡しのぶ(訳者)

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そして名前だけが残った チェロキー・インディアン 涙の旅路

定価 ¥1,320

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 あすなろ書房/
発売年月日 1998/02/10
JAN 9784751518038

そして名前だけが残った

¥770

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2010/10/14

ライジング・フォーン、トーキング・ロック、ボール・グラウンド…ジョージア州北部の町や川の名にある音楽のような響き。 これらはみな、白人がアメリカに渡って来るまでおよそ千年もの間ここで暮らしたチェロキー・インディアンがつけたものだった。今、チェロキーはいなくなり、名前だけが残ってい...

ライジング・フォーン、トーキング・ロック、ボール・グラウンド…ジョージア州北部の町や川の名にある音楽のような響き。 これらはみな、白人がアメリカに渡って来るまでおよそ千年もの間ここで暮らしたチェロキー・インディアンがつけたものだった。今、チェロキーはいなくなり、名前だけが残っている。 独自の文明を持ちながら、白人文明を取り入れるチェロキーとイギリス人は穏やかな共存を望んでいた。 しかしアメリカ独立戦争がすべてを変えてしまった。 戦争が終わった時、アメリカは独立国家となったが、そこにチェロキーの居場所はなく、新国家は金鉱を抱くその土地を奪うために、彼らを西へと強制移住させた。 アーカンソーまでの長い行進。 酷暑と厳冬の中で、彼らは1600キロを歩き、過酷な旅の途中で四人に一人が命を落とした。 道に沿っててんてんと続く死者たちの墓は大地に滴った涙だった。 涙の跡を残して、チェロキーは歩き続けた。 今なおチェロキー・インディアンたちによって「涙の旅路」と記憶される強制移住。チェロキーのライフスタイルから歴史の様々な面に触れ、彼らが旅路につくまでの経緯を綴る作品。

Posted by ブクログ

2007/06/22

アメリカに入植者が入ってくる1000年も前から、そこには原住民のインディアンが暮らしていました。 アメリカ東南部に位置する豊かな自然の地、ジョージア州に住むチェロキー・インディアンもその一つでした。 彼らは、侵入者である白人と戦いながらも、やがて白人文化を積極的に取り入れ、アメリ...

アメリカに入植者が入ってくる1000年も前から、そこには原住民のインディアンが暮らしていました。 アメリカ東南部に位置する豊かな自然の地、ジョージア州に住むチェロキー・インディアンもその一つでした。 彼らは、侵入者である白人と戦いながらも、やがて白人文化を積極的に取り入れ、アメリカ合衆国にならって独自のチェロキー国家を作り、チェロキー文字を考案し、憲法を制定しました。 ところが、チェロキー国内で金鉱が発見されたことから、白人はそれを手に入れるためにチェロキー弾圧の法案を次々に成立させ、ついにチェロキーを西部へと追放します。 悲惨な強制移住の旅で、4人に1人のチェロキーが死んでいきました。 この旅は、「涙の旅路」と呼ばれています。 チェロキーは必ずしも平和で穏やかな部族だった訳ではありません。 むしろ勇敢で戦闘を好むインディアンだったかもしれません。 しかし、自分たちの利益のために約束も反故にし、弱者を迫害する白人ほど残忍だったことはなかったでしょう。 『そして名前だけが残った』(原題Only the Names Remain)という書名は、チェロキーが追放された後も、アパラチア山脈の南、ジョージア州の各地に、チェロキーが名付けた地名や川の名前だけが残っていることを示しています。 強者が弱者を迫害する歴史は人類の歴史そのものですが、現代という世界に目を向けたとき、人類は同様の過ちをいまだに犯し続けているように思えます。

Posted by ブクログ

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