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サルトル 失われた直接性をもとめて シリーズ・哲学のエッセンス
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 日本放送出版協会 |
| 発売年月日 | 2006/01/23 |
| JAN | 9784140093290 |
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サルトル
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サルトル
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商品レビュー
4.3
8件のお客様レビュー
事物それ自体は無時間性の中にある。 世界に時間が到来するのは、自分の過去や未来を内的な関係として「生きて」いる意識があるから。 他者を前にして「恥」を経験することにより、「対他存在」には他者の主観が前提として含まれており、この私の意識の事実はあらゆる独我論を反駁する、他者の存在...
事物それ自体は無時間性の中にある。 世界に時間が到来するのは、自分の過去や未来を内的な関係として「生きて」いる意識があるから。 他者を前にして「恥」を経験することにより、「対他存在」には他者の主観が前提として含まれており、この私の意識の事実はあらゆる独我論を反駁する、他者の存在論的証明となる。 「他者との直接的関係をもつことを諦めること。 他人との真の関係はけっして直接的ではない。すなわち作品を媒介とした関係。私の自由は相互承認を含んでいる。しかし、ひとは自己を与えることによって自己を失う。気前の良さ。愛。わたしの対自と私の対他の新たな関係。」(倫理学ノート/遺稿) 自由な創造である文学は、他者への呼びかけである。 作品を贈る自由は、作品を受け取りそれを読みつつ再創造する読者の自由なしには成り立たない。 作品はいかなる命令も含まずただ呼びかけるだけで、読み手の絶対的自由に委ねられる。 ↕︎ 贈与が贈与であるためには、応酬の循環(お返し)を断ち切って一方的に見返りなく与えることができなければならない。
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『存在/しないあなた、と私』でサルトルが引用されていたので、とりあえず哲学のエッセンスシリーズを読んだり。 ウィトゲンシュタインの時には感じなかったけど、文量が少ないからといって難しくないわけじゃないな…。端的な分、むしろ難しくなっている気も…。 西洋哲学はどこか「(キリスト教的な)神」が思考のベースにあることが多く、そういう意味ではサルトルも例外じゃないんだよなぁ。サルトルが言う「理由もなく存在する不条理」もそりゃそうだろとしか言えないし。 ただ、サルトルの面白いところはそこからスタートして、「存在」を肯定するに至るってところだけど。 <私>から見たあらゆる存在は(「神」から意味付けされることもないため)無意味なのだけど、実際の<私>の行動から他者の「存在」は──直接的ではないけれど──要請される。 それこそ、他者の存在証明だし、それはある種で他者の存在を尊重することに他ならない。「わたしはあなたが存在することを欲する」とはそういうことだと受け取ったかな。 独我論からスタートすると他者の存在証明はどうしたって難しいんだけど、サルトルの思想をベースにすると他者の存在を直観的に信じることが出来る。 思った以上に刺さった哲学者でした。ほかにも読み漁ってみるかー。
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世界への直接性を追い求めたサルトルの思想において、他者論および倫理学が大きく立ちはだかる課題だったことをていねいに解説しています。 サルトルが倫理学を構築する意志をいだいていたことは、彼の生前にすでによく知られていました。しかし、フッサールの現象学を独自のしかたで継承した彼の哲...
世界への直接性を追い求めたサルトルの思想において、他者論および倫理学が大きく立ちはだかる課題だったことをていねいに解説しています。 サルトルが倫理学を構築する意志をいだいていたことは、彼の生前にすでによく知られていました。しかし、フッサールの現象学を独自のしかたで継承した彼の哲学は、意識の立場を脱することができず、またマルクス主義と実存主義の総合をめざした『弁証法的理性批判』では社会や歴史の問題を視野に収めつつも、未完に終わっていました。その後、『倫理学ノート』をはじめとするサルトルの遺稿を人びとが目にすることができるようになり、書かれることのなかったサルトルの倫理学をめぐる研究が進められます。 本書は、そうしたサルトル没後の研究動向を踏まえながらも、サルトルの思想にとって他者をめぐる問題がどのような意味で困難な課題だったのかということを明らかにすることにテーマを絞って解説がなされています。 『嘔吐』のラスト・シーンでは、ブーヴィルの共同体において「異邦人」でありつづけたロカンタンが、ジャズのレコードを聴いて希望をとりもどすとともに、小説を書くことを決意してかたちのない共同体への呼びかけをおこなおうとしたことは、サルトルの構想していた倫理学の内容をわれわれに示しているとわたくし自身は考えています。ただ、そのような方向に彼が思索を進めていくことを阻んだのはいったいなんだったのかという問題は、よく考えてみなければなりません。本書は、そうした関心にある程度こたえてくれるものだったように思います。
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