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千人針は語る
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千人針は語る

森南海子(著者)

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千人針は語る

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 海竜社/
発売年月日 2005/06/25
JAN 9784759308822

千人針は語る

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2013/03/02

「ブックマーク」でこの本のことを書く人がいて、森南海子のこの本は読んでなかったなと借りてきた。母の本棚に森南海子の本はいくつかあって、縫いものがきらいではなかった私は、その身体に添う服づくりとか、おもしろい袋物の工夫やつくり方をかなり熟読していた(森南海子の店のサイトの著作一覧に...

「ブックマーク」でこの本のことを書く人がいて、森南海子のこの本は読んでなかったなと借りてきた。母の本棚に森南海子の本はいくつかあって、縫いものがきらいではなかった私は、その身体に添う服づくりとか、おもしろい袋物の工夫やつくり方をかなり熟読していた(森南海子の店のサイトの著作一覧にある書影から私が確実におぼえているのは『小物を縫う』の上巻)。 この本は、最初『千人針』のタイトルで1985年に情報センター出版局から刊行され、95年に再出版、それを加筆修正・再構成して、2005年に『千人針は語る』となって海竜社から出たもの。 千人針を求めてまわった森が、話を聞いた方は百人を超えるという。巻末に「あとがきに代えて」と記されている千人針ノートには、千人針の履歴がある。 ▼千人針に似た風習は中国(北京)では針と糸を入れる平べったい小袋のようなもの、中央アジアのイルクーツクでは帽子を編むこと、そしてモンゴルでは腰に下げる茶わん袋がそれに代わるらしいことを知りました。沖縄でも千人針は第二次世界大戦の終わり頃、本土の風習として入ってきたことを、千人針を寄託させていただいた読谷村立歴史民俗資料館の調査で知りました。  読谷村では妊婦には千人針をさえなかった由、千人針を縫うことで「力」を奪われるという考えがあったことを聞き知りました。それほどに一針を刺すということは重みを持っていたのでした。(pp.174-175) 森南海子は、千人針が刺され、針目があつめられていた頃、小学生だった。授業中にも、勉強してられないほど何枚も廻ってくるのを、何の気なしにやたらたくさん刺したのだという。 ▼私は千人針を小学生のとき、街頭で駅頭で、たどたどしい手つきで何針も何針も刺しつづけました。戦争末期になると、授業中に何枚もこの作業が廻ってきました。私たちはそれは兵隊さんたちが聖戦を立派に遂行するための"銃後"の役割だということを教えこまれて育ちましたが、それだからといってその一針にさほど心をこめたという記憶はないのです。  ただ単に針のまわりにくるくる糸をまきつけたあと針を抜き、手早く片付けてしまうことしか考えませんでした。深い意味づけのないまま、とにかく針を運びつづけていたのです。(p.9) そんなふうに自分が針を運んだことを思い返しながら、自分の手元に集まった千人針をつうじて、森は、その針目をあつめて出征する人に持たせた側の、あるいはその千人針を戦地で肌身につけていた側の、いくつもの思いを聴き取っている。 この本に書かれた話の中で、とりわけ私の心にずーんときたのは、「農夫」と「密告」の章。北海道の開拓地から招集され、中国北部で飛行場づくりのために、収穫を間近にした青い麦畑にローラーをかけたという市川さんの話。その麦畑を耕作した中国の農夫の方にどう詫びればいいのかと、自身が土に生きてきただけに市川さんは心が痛むと語っている。 ▼千個の針目を主に赤い糸で千人の女性が一針ずつ縫いあげる風習は独特で、日露戦争の千人針は白い布に黒い糸であったという話が、桜井忠温氏の『肉弾』の中に出ています。海に潜る海女の風習、ドーマン、セーマンといわれた刺し目が白い布に黒糸でなされているのを三重県答志島で確かめました。潜水の無事を祈った風習が、千人針へと姿を変えていったのではないか。海底に命綱をつけ潜るという行ないは、戦地に征くに似た行ないではなかったか、と考えているのです。(p.175) (3/2了)

Posted by ブクログ

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