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モーツァルトと日本人 平凡社新書
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 平凡社/ |
| 発売年月日 | 2005/09/12 |
| JAN | 9784582852905 |

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モーツァルトと日本人
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商品レビュー
3.1
7件のお客様レビュー
日本におけるモーツァルト受容史である。 学術的なものではなく、著者のモーツァルト体験に即して書かれたもの。 概要は目次で把握できる。 【目次】 第1章:クラシック音楽との出会い 第2章:モーツァルトとの出会い 第3章:日本人の西洋音楽受容 第4章:初期のオーケストラ活動 第5...
日本におけるモーツァルト受容史である。 学術的なものではなく、著者のモーツァルト体験に即して書かれたもの。 概要は目次で把握できる。 【目次】 第1章:クラシック音楽との出会い 第2章:モーツァルトとの出会い 第3章:日本人の西洋音楽受容 第4章:初期のオーケストラ活動 第5章:クラシック音楽の普及 第6章:昭和戦前のモーツァルト像 第7章:モーツァルトのSPレコード 第8章:小林秀雄の『モオツァルト』 第9章:河上徹太郎の『ドン・ジョヴァンニ』 第10章:モーツァルティアン大岡昇平 第11章:吉田秀和とモーツァルト 第12章:遠山一行とモーツァルト 第13章:モーツァルト文献の邦訳 第14章:戦後のコンサートとオペラ 第15章:LP・CDによるモーツァルトの普及 まず、第8章から第12章まで、ずらりと並んだビッグネームに目がいく。 本文を読む前に目次だけ見たときは、昭和初期に書かれた代表的なモーツァルト論が中心になっているように見えた。実際にこの部分には、全体の三分の一以上の約85ページが使われている。ページ量を見ても、ここに力を入れたのは間違いない。各章の文章量は均等ではなく、ばらつきがある。第15章は、8ページだけだ。 しかし、ここが一番出来が良くない。まとまりが悪く、冗長だ。 第11章の「吉田秀和とモーツァルト」では、吉田氏の書いた「かけがえのないモーツァルトのレコード」と題した文章を引いて、次のように結んでいる。 * * * このように語ってきた氏は最後にこう結論づける。 ゼルキン、シュヴァルツコプフ、それからベルガンサ。この三枚は私は、終生手ばなせない「モーツァルトのレコード」である。これだけのものをレコードが与えてくれる以上、レコードの百万の矢点や弊害を数えられても、私にはレコードの存在を呪うことは許されないのである。(p160) * * * 私は吉田秀和氏の本は10冊以上読んでいるが、氏のモーツァルト観がうまく出ているように思えなかった。 また、引用部分と著者の文章が、はっきりと分離されていない部分もあり、どちらの意見なのかわかりづらいところもあった。 私が本書でうまく書けていると感じたのは、著者がリアルタイムで体験してきたことである。戦後60年間、モーツァルティアンを自認する著者が感じてきたことを書いた文章だ。まとまった記述でいえば、第1章「クラシック音楽との出会い」や、第2章「モーツァルトとの出会い」など。著者の日記による、当時の生の意見も興味深い。 モーツァルト愛好家なら読む価値はある。
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※このレビューにはネタバレを含みます
みんな大好き、モーツァルト。 しかし、1970年位まで日本でのモーツァルト人気はバッハやベートーヴェンに比べて低かった。その理由は、モーツァルトがバッハとベートーヴェンの谷間で子供扱いされ、ロマン派の前座として見られていた時期が長く続いたから。 まず、アインシュタインのこんな言葉。 「死とは、モーツァルトが聴けなくなることだ」 ヘルマン・ヘッセはモーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」を「人間によって作られた最後の完璧なもの」 しかし、ベートーヴェンは「ドン・ジョヴァンニ」を「その不倫さ故にこのオペラが許せなかった」と発言。 まず著者のモーツァルト体験が語られるが、特記すべきなのは、評論家の堀内敬三氏のモーツァルト評価への反発が2回も出てくる点。(P31、P64) 特に、2回目は「モーツァルトがこれ(堀内の解説)を読んだら、驚くどころか笑いだすだろう」と辛辣。 「NHK交響楽団50年史」(昭和52年)によると、昭和初期の演目は、ベートーヴェンの82回、ワーグナーの46回、チャイコフスキーの33回、モーツァルトの27回。しかし、昭和45年辺りからモーツァルトが堂々の1位となった。(LPやステレオ普及も寄与) 第八章以降では、モーツァルティアンたちの紹介で、先陣を切るのは小林秀雄。あまりにも有名な評論1948年発表の「モオツァルト」と「モオツァルトのかなしさは疾走する。涙は追ひつけない」という言葉。 次鋒は、河上徹太郎。小林秀雄論と違うのは、オペラの評価。小林秀雄は、モーツァルトのオペラをシンフォニーの下位に位置づけるが、河上徹太郎は上位に置く。 後年、河上徹太郎の「ドン・ジョヴァンニ論」を読んだ小林秀雄は、「批評家とは河上のことを言うのだ、それに比べれば自分は精々詩人だ」と語る。 中堅は、大岡昇平。河上徹太郎と小林秀雄の感化による。小林秀雄宅の近所に下宿していた大岡昇平は、小林秀雄が留守時にも上がり込んで当時貴重だった電蓄でモーツァルトを聴きまくった。 副将は、吉田秀和。音楽評論家だった彼は「レコードのモーツァルト」での「かけがえのないモーツァルトのレコード3枚」を紹介。 ・ルードルフ・ゼルキンのピアノ独奏とシュナイダー指揮によるコロンビア交響楽団「ピアノ協奏曲変ロ長調」「ハ長調」 ・シュヴァルツコプフのオペラアリア集 ・ベルガンサのオペラアリア集 殿(しんがり)は、遠山一行。河上徹太郎と師弟関係にあり、「モーツァルトのオペラにおいてほど、音楽が音楽としての力を見事に発揮しているところはないと思う」と河上と呼応。
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1925年生まれの筆者が自身の体験も含めて、モーツァルト好きが多いという日本でモーツァルトがどのように語られてきたかを哲学的に述べる。 モーツァルトと日本人、というよりは筆写よりさらに一世代上の評論家達によるモーツァルト評かやはり哲学的かつ古い文体で語られるためなかなかに取っつ...
1925年生まれの筆者が自身の体験も含めて、モーツァルト好きが多いという日本でモーツァルトがどのように語られてきたかを哲学的に述べる。 モーツァルトと日本人、というよりは筆写よりさらに一世代上の評論家達によるモーツァルト評かやはり哲学的かつ古い文体で語られるためなかなかに取っつきにくい本だ。 分かりやすかったのは、「神」バッハと「楽聖」ベートーベンの間に挟まれて軽い(親しみやすい)モーツァルトが戦前の日本では不遇な扱いを受けがちだったことと、モーツァルトだけではないが終戦の翌年にもクラシックコンサートは開かれ、演者も観客も皆貧しく停電と中断を繰り返しながらも熱気に溢れたコンサートになっていたという描写だ。
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