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感じない男 ちくま新書
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房/ |
| 発売年月日 | 2005/02/09 |
| JAN | 9784480062215 |

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感じない男
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商品レビュー
3.6
38件のお客様レビュー
男のセクシュアリティに関する独自の視点を提供する本書は、射精後の空虚感や自分の身体への否定感といった根本的な問題を掘り下げています。著者は自らの体験を通じて、ミニスカートや制服、さらにはロリコンに対する欲情のメカニズムを分析し、読者に新たな気づきを促します。共感できる部分もあれば、異なる視点からの反発もあるかもしれませんが、セクシュアリティについての考察を深める手助けとなる一冊です。軽快な文体で読みやすく、思考を刺激する内容が詰まっています。男らしさや生き方について再考するきっかけを与えてくれるこの作品は、他に類を見ない魅力を持っています。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
著者が冒頭宣言しているように 一人称で語られる、男性が自分の性を多方面に掘り下げた本。聞いた事のない話もたくさんだったが、今まで断片的に聞いたことのある事と整合性があって合点がいくことも多い。 どうしてエロは暴力的になってしまうのか?とずっと悩んでいたが、仮説はこの本で1つ得られ...
著者が冒頭宣言しているように 一人称で語られる、男性が自分の性を多方面に掘り下げた本。聞いた事のない話もたくさんだったが、今まで断片的に聞いたことのある事と整合性があって合点がいくことも多い。 どうしてエロは暴力的になってしまうのか?とずっと悩んでいたが、仮説はこの本で1つ得られた。 かなり生々しいけど、世界の理解に繋がったと思う
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著者の感覚には共感できないところもあったけれど、著者のここまで正直に自分を見つめてさらけ出す姿勢が美しいので、読後感としてはそこまで気にならなかった。 20年前の本だけれども、今の感覚で読むとすこし女性に気を遣いすぎというか、フェミニズムの人たちに配慮しすぎた言い方がちょっとま...
著者の感覚には共感できないところもあったけれど、著者のここまで正直に自分を見つめてさらけ出す姿勢が美しいので、読後感としてはそこまで気にならなかった。 20年前の本だけれども、今の感覚で読むとすこし女性に気を遣いすぎというか、フェミニズムの人たちに配慮しすぎた言い方がちょっとまどろっこしいと思った。 男の人はかくも生きづらいなあと思うけれど、表世界(言葉で語られる世界)でまあそういう配慮をしなきゃいけないってことは、裏世界(動物的な感覚、本能)では男はなんだかんだ言ってやはり強者だよね、とも思う。
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なぜ男はミニスカや少女の制服に欲情してしまうのか。異性愛者の男性である自分自身の性的欲望を一生懸命に分析してみせた本書は、時にドン引きさせたり爆笑をさそったりするが、けっしてキワモノというわけではない。男性の側からフェミニズムに真摯に応答しようとした男性性研究の初期の著作のひとつ...
なぜ男はミニスカや少女の制服に欲情してしまうのか。異性愛者の男性である自分自身の性的欲望を一生懸命に分析してみせた本書は、時にドン引きさせたり爆笑をさそったりするが、けっしてキワモノというわけではない。男性の側からフェミニズムに真摯に応答しようとした男性性研究の初期の著作のひとつである。 実際、「不感症」が女の病気とされてきたように、女のセクシュアリティは問題にされてきても男のセクシュアリティは長らく語られず問題にされてこなかった。それを語り始めるにあたって、自分という一人称から始めるというアプローチは誠実で重要である。 もっとも、ひとのセクシュアリティの多様さというよりもアナキーがより認識されるようになってきた今日から見ると、本書の語りはあまりにも「男のセクシュアリティ」なる一枚岩的なものを、「女のセクシュアリティ」という、これまた一枚岩化したものとの対比において構築してしまっているように思われる。 実際、本書で最も価値ある記述といえるのは、著者が「男の」セクシュアリティ分析を離れて、本当の意味で自分自身の経験について語っているところだろう。彼は、精通という経験をどうしても肯定的に受け入れることができず、さらに第二次性徴を経て「男」的なものになっていく自身の身体を愛することができてこなかったと告白する。他方で、女の体を欲望すべき主体となるべき自分の身体が、他の男性によって欲望されることへの混乱。そして「男の体は汚い」という自己身体への否定的意識が、少女の身体にとって代わりたいという「性的な」欲望に変換されているのではないかと自己分析するのだ。 森岡氏自身は、このような自己意識においては容易に統制できない性的欲望を、社会構築だけで解けない、生物学的な性の作用だと認識しているが、その生物学的な欲望は必ずしも最初から男女によって非対称的に機能するわけではないことを認識することがむしろ重要ではないのだろうか。森岡氏の語りは、ジェンダーとセクシュアリティの社会的枠組みと身体、アイデンティティ、欲動にはこれほどのズレが生じるのであり、それを一致させることにはこれほどの努力が必要なのだということを示しているように読める。本書は、この時期のフェミニズムが主張していた社会構築論がきわめて性別二元的なものであったことも思い起こさせてくれるものだった。
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