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東京窓景 TOKYO WINDOWS
定価 ¥3,190
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 河出書房新社 |
| 発売年月日 | 2004/11/20 |
| JAN | 9784309267913 |
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東京窓景
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商品レビュー
3.5
9件のお客様レビュー
身近な窓から見える景色を切り取った作品は、私たちの日常に潜む美しさや変化を鮮やかに映し出しています。特に、東京の街並みは常に変化しており、その姿を捉えることで、私たちの選択や感情が反映されることを教えてくれます。フィルムを用いた写真は、独特の温かみと深みを持ち、視覚的に心を掴む力があります。街は生き物のように変わり続け、私たちの知っている風景も新たな視点から見ることで、まったく違った印象を与えます。オリンピックを前にした都市の変化も感じられ、未来の窓景への期待感が高まります。この作品は、日常の中に潜む非日常を再発見させてくれる一冊です。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
窓の外、内側、枠……こういう切り取りをすると、見知った風景も違う物になるのね。 この感覚、不思議です。 こんなふうに撮れたらいいな。
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発想は面白いと思うのだが窓が主役なのだ 日常の東京と非日常の風景 窓外の建造物は撮影当時と比べて大分変わってしまったのではないか
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中学3年生の終わり頃だったと思う。授業中、自分の席からぼんやりと窓の外を眺めていて、そうか、卒業したらこの窓から見える景色ってもう見る事ができないんだと突然気づいたのを憶えている。今思うと当り前の事だけど、その時はこの考えにずいぶん驚いた気がする。 中学生活という3年間普通...
中学3年生の終わり頃だったと思う。授業中、自分の席からぼんやりと窓の外を眺めていて、そうか、卒業したらこの窓から見える景色ってもう見る事ができないんだと突然気づいたのを憶えている。今思うと当り前の事だけど、その時はこの考えにずいぶん驚いた気がする。 中学生活という3年間普通に目の前にあった風景が手の届かない所に離れてしまうという現実。人が持つ視点というのは無限ではなく有限であるということ。 だからこそきっと人は大切でプライベートな光景を写真という手段で残すのだろう。 『東京窓景(とうきょうまどけい)』 は、『TOKYO NOBODY』(リトル・モア)で2001年度写真家協会新人賞を受賞したフォトグラファー・中野正貴による写真集。そこに写し出されているのは、様々な部屋の窓を通した東京の風景である。 例えば表紙に使われている写真。隅田川のそばにある、あの有名なアサヒスーパードライホールの「炎のオブジェ」が窓の外に圧倒的な存在感を持って佇んでいる。でもその窓枠の内側には布団が敷かれた部屋があって、本や置物がちょこちょこと置かれている。この部屋に居住する人にとっては、その窓から見る「炎のオブジェ」こそが日常なのだろう。 日本中の人がみんな知っているあの「炎のオブジェ」なのだけど、この部屋から見るそれは、こうして写真として切り取られなければ恐らく日本中のほとんどの人が見る事はできなかった光景。 そう考えると何だか不思議だ。何もそんな特別なものがなくてもいい。今、あなたがいる場所 ―家だったり学校だったり職場だったりするだろうか― 、そこからふと顔を上げて窓から見た風景は、世界中の大半の人には見ることのできない風景なのである。十代の頃、僕が教室からぼんやり眺めていた光景のように。 そして、日本中、世界中には、あなたが一生目にすることのできない「窓景」が恐らく無限に存在している。 中野正貴自身が巻末で考察しているのだが、部屋であれ車であれ電車であれ、そこからの窓ごしの風景は、フレーム(額)付きの映像として我々の脳裏に記憶されているはずなのに、後々思い起こす時、そのフレームは大概知覚されない。そこで意識的に中野氏は「フレーム」を写真の中に焼きつける。部屋の照明、空き缶、弁当…。人々の日常生活がそこにはある。窓の外には有名な風景が広がっていたりするのだけど、日常生活ごしに見えるそれらは言いようのない異質さを持つ。 窓(フレーム)の外には大勢の人や車が存在していたりするのだけど(窓の清掃をする人まで!)、内側に人が写っている写真は一枚もない。だからこそ逆に内側に想像の余地が大量に残されているようでもある。 大学生の頃、綺麗な景色や夜景を求めていろんな場所を車で友人たちと回ったものだけど(良いデートスポットを探そうとしたのである。その努力はほぼ無駄に終わったが)、僕らのような人が、つまり誰もが行けるようなパブリックな場所からの風景なんて実は開拓され尽くしていて、本当にとっておきの美しい風景なんてのは個人の住宅とかそういう所からしか見えないのではないかと話し合ったことがある。実際その通りなのかはわからないが、そんな空想が「部屋」という小さな箱に膨らんだ。 個人的な東京の映像。私たちの知らない東京。窓(フレーム)の内と外。都市に新たな視点を加える写真集である。NHKブックス『東京から考える ―格差・郊外・ナショナリズム―』(東浩紀、北田暁大)には、装丁にこの写真集から作品が使用されている。 どうしても今の時期、何かを考える時に3月に東日本を襲った巨大災害の事を頭の隅で考えてしまうのだけど、きっとあの災害で多くのプライベートな風景が破壊され、押し流され、二度と見ることはできなくなってしまったのだろう。見る人がいなくなってしまった部屋もあるのだろう。 そう考える時、街と、人々の悲痛な叫びが聴こえてくるように思える。 一点だけ気になる点。Amazonのデータではこの本の発売日が2000年11月15日になっているのだが、奥付によれば初版発行日は2004年11月20日になっている。Amazonの単純なミスだろうか?
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