1,800円以上の注文で送料無料
廃棄された宇宙像 中世・ルネッサンスへのプロレゴーメナ
  • 中古
  • 書籍
  • 書籍
  • 1220-03-06

廃棄された宇宙像 中世・ルネッサンスへのプロレゴーメナ

C.S.ルイス(著者), 山形和美(訳者), 小野功生(訳者), 永田康昭(訳者)

追加する に追加する

廃棄された宇宙像 中世・ルネッサンスへのプロレゴーメナ

定価 ¥3,080

1,540 定価より1,540円(50%)おトク

獲得ポイント14P

在庫なし

発送時期 1~5日以内に発送

商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 八坂書房/
発売年月日 2003/04/26
JAN 9784896948202

廃棄された宇宙像

¥1,540

商品レビュー

5

1件のお客様レビュー

レビューを投稿

2025/04/07
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

"ヒッパルコス(前一五〇年頃活躍)が新星を発見したという伝承がある(プリニウス『博物誌』二巻二四章を見よ)。一五七二年一一月のカシオペア座の大新星の出現は思想史上きわめて重要な出来事であった(F.R.Johnson, Astronomical Thought in Renaissance England, Baltimore, 1937, p.154 を見よ)。" p.317 註釈5 " 中世の人間は書物依存型である。事実、彼らは書物の内容をきわめて軽々しく信じ込む。昔の著者(=権威 auctour)が語っていることが何であれ、それがまったく間違っていることを信じるのは、彼らには容易なことではない。" p.26 “とてつもない灼熱の地帯が私たちと彼らとの間に横たわっている(20章)からだ。” p.52 キケロの『国家論』の「スキピオの夢」? " 自然は物事のなかでもっとも古いものかもしれないが、〈自然〉は神々のなかでもっとも若い神であった。実際、古代の神話では〈自然〉については何も知られていない。真性の神話形成時代にそもそもそのような神が現れるということ自体がありえないことのように、私には思える。私たちが「自然崇拝」と呼んでいるものでは、今〈自然〉の神と呼んでいるものは一度たりとも耳にされたことはなかった。〈母なる〉自然というのは、意識的に作り出された隠喩である。ところで、〈母なる大地〉はそれとはまったく性質を異にしている。大地全体は、天空全体と対照されて一つの統一体として直感しうる、実際直感されずにはいられないものである。〈父なる天空〉(あるいはデュアウス Dyaus)と〈母なる大地〉との婚姻関係は、私たちの想像力に余儀なく訴える力を持っている。〈父なる天空〉が上にいて、〈母なる大地〉がその下に横たわっているのである。" p.63 " 誤って善と誤認されるイメージの一つに、貴族の身分がある。だが、貴族の身分は祖先たちの徳に与えられた一種の名誉にすぎず(しかも私たちはすでに名誉を粉砕している)、それは彼ら祖先たちの善であって当人たちの善ではない。" p.129 "神々の〈妖精〉への格下げ" P.187 " キリスト教はユダヤ教から新しい歴史概念を引き継ぎ、それを西洋世界に押しつけたということが、折に触れて指摘されてきた。ギリシア人にとっては、歴史の過程は意味のない流転あるいは循環的反復であったと言われている。意味は、生成の世界にではなく存在の世界に、歴史にではなく形而上学、数学、神学に探し求められるべきものであった。" p.251 "「物語」(story)と「歴史」(history)という言葉そのものが、まだ互いに異義語化されていなかった。エリザベス朝の年代記作者たちでさえ依然として、私たちの島の歴史をブルート(ブルータス)とそのトロイア人勇士たちから書き起こしているのである。" p.258 "知性のもっとも低い階層では、人々は、何であろうと何かある主題に完全に魅了されている場合、ともかくそれに言及しさえすれば、たとえそれがどのような質の言及であっても、何らかの価値が生じるに違いないと考える傾向がある。" p.294 "自分に創案能力を持たない者は、それを容易に他人に認めようとはしない。" p.304 読み手の圧倒的素養不足により難読であった。 がんばって読んだが、読み手が自身の劣化を疑うような事態にまで陥りかけてしまい、監訳者あとがきに辿り着いたときはそれは杞憂にすぎなかったという安堵を禁じ得なかった。 『バーチャルスター発生学』の歌詞にも採用されている宇宙観は完全に想像の産物であろう。しかし、その世界観に置かれていた視座は、科学が支配的な現代人の視座とは異なったものであったろう。言われてみればそのとおりで、ポリコレの明らかな害が毎日のように告発されている昨今においては、現代の評価基準で過去の著作物を断罪するなということはその一種であろう。 『ナルニア国』の著者による著作物という根拠のない安心感により気安く挑んでしまったが、なんとも巨大な代物であった。ル=グィンの『夜の言葉』は若い頃読んだにも関わらずいまだに好印象で、時折読み返したくなるが、本書もそのようになるであろう。

Posted by ブクログ

関連ワードから探す