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幸せではないが、もういい 『新しいドイツの文学』シリーズ12
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 同学社/ |
| 発売年月日 | 2002/11/01 |
| JAN | 9784810202151 |
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幸せではないが、もういい
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幸せではないが、もういい
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商品レビュー
3.4
8件のお客様レビュー
薦めてもらったので感想を書く。 ドイツ語文学の作家である著者が亡くなった母について書く物語。物語というように、単なる事実・記録ではない。著者が訃報を受けた直後の失語的な状態に陥ったショックを経て、その数週間後の平静さを取り戻してきた時機を逃すまいと、母の死という受け入れがた...
薦めてもらったので感想を書く。 ドイツ語文学の作家である著者が亡くなった母について書く物語。物語というように、単なる事実・記録ではない。著者が訃報を受けた直後の失語的な状態に陥ったショックを経て、その数週間後の平静さを取り戻してきた時機を逃すまいと、母の死という受け入れがたい出来事を記述し、過去のひとつの事例として観察できるまでにみずからの外部に物語として閉じ込めようと試みる。 この作品は、著者があえて体裁を整えずに、思いつくままに母という人物について書き付けていくような、ときには行きつ戻りつ迷いながら執筆する書き手の背後について見守っていくような生々しい印象を受ける。 自分の言葉で母を捉えようとすれば離れていってしまう、その距離の取りがたさと格闘する。じっさいに経験した者にしかわからないであろう、あらかじめ使い勝手のよい言葉が用意されていない、名付けようのない出来事。言葉とはすべて他者のものであることを考えれば、言語の向こうから突きつけられた自分だけの現実を一から記述する困難は想像にかたくない。 どれだけ言葉を尽くしても現実を表象することはかなわず、正確な姿を描こうとすればするほどいっぽうで取りこぼしつづける。この物語の目的はあくまでも書かれることであって、それは永遠に完成することはないのだろう。 寝る前によけいな音と光を遮って、枕もとの灯りだけで読みたくなる本だった。 最後に、読書という行為によって母が時代と社会の抑圧から解放され、主体性と同時に深い諦観を得る印象的な場面から。 “彼女はどの本も、自分の人生を描いたものとして読み、それによって元気になった。読書がきっかけとなって、彼女は初めて自分自身のことを口に出すようになり、自分というものについて語ることを学んだ。本を一冊読むごとにますます多く、話すことを思いついた。こうして私は、彼女について次第に知っていったのである。”p.90 “もちろん彼女はそれらの本を、決して自分の未来の夢として読んだのではなく、ただ過去の物語として読んだのだ。その中に、自分がこれまでに逸してしまって、これからももう決して取り戻すこともあり得ないだろうと思われるすべてのことを見いだしたのだ。彼女は自分自身については、既にあまりにも早く、どんな未来も頭から追い払っていた。それで、いまやってきた第二の春は、そもそも、単に一度経験したことの美化にすぎなかった。 文学は彼女に、これから先は自分自身のことを考えるようにと教えたのではなく、そうするにはもう今からでは手遅れだということを告げていた。”p.91
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2019年にノーベル文学賞を受賞したドイツの作家ペーター・ハントケの初期代表作の一つ。 51歳で自死した彼の母親について語られている。 特に起承転結があるわけではなく淡々と進み続けて、気がついたら終わっていた。 内容からは母もハントケ自身も決して幸せとは言えなかったことが伺え...
2019年にノーベル文学賞を受賞したドイツの作家ペーター・ハントケの初期代表作の一つ。 51歳で自死した彼の母親について語られている。 特に起承転結があるわけではなく淡々と進み続けて、気がついたら終わっていた。 内容からは母もハントケ自身も決して幸せとは言えなかったことが伺える。その状態がずっと続き、いよいよ母が亡くなってしまうことにより、「幸せではないが、もういい」という感情が必然と芽生えたのではないか。 ただ、正直この作品だけではノーベル文学賞を受賞した理由には辿り着けなかった。
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自死した母の埋葬に際して「母のことを書きたい」という強い欲求に突き動かされるようにして書かれた母親の人生において、〈私〉が生まれるより前の頃をこそ「母は、」と書かれ、〈私〉が生まれ時が経つにつれむしろ「彼女は、」とあらわされていることが興味深い。 括弧を押し拡げるかたちで何度...
自死した母の埋葬に際して「母のことを書きたい」という強い欲求に突き動かされるようにして書かれた母親の人生において、〈私〉が生まれるより前の頃をこそ「母は、」と書かれ、〈私〉が生まれ時が経つにつれむしろ「彼女は、」とあらわされていることが興味深い。 括弧を押し拡げるかたちで何度も割り込んでくる書き手の〈私〉が、その割り込みのなかで強調することの多くは「母の人生の事実をただなぞるのではなくて、どうにかして物語にしなければならない」という克己であるが、これは母の人生をフィクションに捻じ曲げたり架空のエピソードを付け足したりすることではないだろう。母という人間とその人生に対して、みずからを外側に置いた視点から「自死した母のことを書く」ことが、〈私〉の、乗り越えるやり方ということだ。 大切なのは、「(死んだ)母のこと」と「(母の)死のこと」の差異はこの小説においてはとくに見分けをつけなければならないということで、〈私〉が描こうとしていることとそれによって乗り越えようとしていることは別問題としてタイトルにあらわされている。
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