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空爆の日に会いましょう
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | マガジンハウス/ |
| 発売年月日 | 2002/08/22 |
| JAN | 9784838713790 |
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空爆の日に会いましょう
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商品レビュー
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2002年刊行、著者2冊目の著作。アフガニスタンでの空爆が始まった2001年10月8日から133日間の疑似難民生活の記録。岡田利規『三月の5日間』ではイラク戦争の前にひたすらラブホテルに籠もり修行のように性交を続けた男女が描かれたが、こちらは男性宅に泊まりながら、一切性交はしな...
2002年刊行、著者2冊目の著作。アフガニスタンでの空爆が始まった2001年10月8日から133日間の疑似難民生活の記録。岡田利規『三月の5日間』ではイラク戦争の前にひたすらラブホテルに籠もり修行のように性交を続けた男女が描かれたが、こちらは男性宅に泊まりながら、一切性交はしないという約束事で自らを「爆弾」に擬したパフォーマンスが続けられる。誰かの部屋で、大学の研究室で、誰もいない事務所で誰に頼まれたわけでもない奇妙な約束事を生きている「女の子」とすれ違い、ひとときを過ごした経験が、「ああ、そんなこともあったね」という思い出とともに「空爆」のことを、アフガニスタンの戦争のことを想起させる。そんな日々の記録。 合わせて、その日何を食べたか、その家に何を土産に持参したのか、その日そこでどんな夢を見たのかが律儀に記録されていく。日付が進むにつれてすさんでいく筆者の心と身体が痛ましく、祈るような気持ちで一気に読み終えてしまった。SNSなどない時代である。「きょう泊まる部屋がない」という現実がどれほど人間を追い詰めるのか、文章のはしばしから痛切に伝わってきた。
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一ヶ月ほど前に読んだ『この気持ちいったい何語だったらつうじるの?』の著者の、別の本を読んでみようと借りてきた本。近所の図書館にはなくて、相貸で届く。 ニューヨークのビルに飛行機が突っ込んだのは、10年前。2001年の9月。その前の年の春まで、テレビなしで8年ほど生活していた私は...
一ヶ月ほど前に読んだ『この気持ちいったい何語だったらつうじるの?』の著者の、別の本を読んでみようと借りてきた本。近所の図書館にはなくて、相貸で届く。 ニューヨークのビルに飛行機が突っ込んだのは、10年前。2001年の9月。その前の年の春まで、テレビなしで8年ほど生活していた私は、同居人が持参してきたテレビのある生活に変わった。そして、ビルに飛行機が突っ込む光景を、夜中にテレビで見た。 小林エリカさんは、その9月のあと、「空爆の日に会いましょう」と、人のウチへ泊まりに行くことで、ウチではない場所で眠ることで、何かを忘れないことを試みようとした。 ▼どこかに落ちてゆく爆弾は、まだ見ぬ愛する誰かを殺すのでしょう。ならば私は、日本の東京にいて、不確実な空爆や戦争のニュースに踊らされながら、この場所で、爆弾になろう。誰かどこかの男のところへと落ちてゆく爆弾です(至って大迷惑なお話ですが)。それで、場所と共に記憶するの。夢を記録するの。(p.2) 新聞やテレビに「戦争か?!」という文字が躍るたびに、ひとのウチに泊まりに行かなくてはいけない(ホームレス)、そこでセックスをしてはいけない(セックスレス)、そのときの夢日記を書かなくてはいけない、という3つの「ない」を実行する誓いをたてて、小林さんは、東京で泊まり歩きはじめた。 ▼私に会ったら、きっと、思い出すでしょ、空爆の日を。(p.3) 2001年の10月8日、本当に空爆が始まった日、中目黒のTさん宅での泊まりから、小林さんの「空爆の日に会いましょう」は始まる。知り合いの知り合い、友だちの友だち、さまざまなツテをたどり、泊まる先を探し、泊まる手配をしてもらい、頼み込んで半分は断られ半分は招かれ、どうしても泊まる先がみつからない日は学校に泊まり(小林さんは大学院生だったもよう)、あるいは祖父宅に泊まり…来る日も来る日も次に泊まる先を探し、まったく知らなかった人のウチに泊まりに行ったり、泊めてもらえるつもりが、家主が仕事で夜中過ぎに帰ってくるとか、全然連絡がこないとか。 小林さんがだんだん疲れていくのが、日々の記録と夢日記からわかる。もうウチに帰りたいと泣き、寂しいと泣き、疲れて起きられないと書き、目覚ましを4つも5つもかけて、寝るのはほとんど2時や3時、ときには明け方で、睡眠はたいてい4~5時間。若いなあとも思い、ヨソのウチへ泊めてもらうのは、家主に気遣ったり気遣われたり、落ち着かなかったり、そんなのもあるんやろうなと思った。 戦争が続き、空爆が続き、一度もウチに帰らないまま、セックスしないまま、小林さんは、2月の半ばまで134日間泊まり歩いて、ウチへ帰った。 巻末の「明日」という文章にはこう書いている。 ▼テロがあって、戦争のようなものが始まりました。もう、戦争のようなものが始まってから、クリスマスが過ぎ、正月が過ぎ、誕生日も、バレンタインデーも過ぎ、両親は結婚25周年を迎え、私は24歳になりました。次第に誰もが、誰かが死んでいるテロや戦争の事を口にしなくなりました。(p.296) 優雅な難民生活、そのなかで知り合った人たちは、所詮は他人だけれど、そのうちの誰かが死んだら、私はとても哀しいと小林さんは書き、かれらに纏わる品々を世界のなかに見るたびにとても哀しい気持ちになるでしょうと書く。人が亡くなる、殺される、死ぬ、そのときに哀しいと思う感情は、誰もが口にしなくなって、報道されなくなったとしても、その人が生きていたときに関わる誰かがいる限り、どこにでもあるのだろうと思った。 小林さんが、泊まりに行く先にしたのが「他人の男のウチ」だったのが私にはちょっと解せないところもあって、「そこでセックスしない」というのも、"当然、異性愛"の世界ってことかなと思いながら、やはり何か腑に落ちない思いは残った。
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