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彼方 創元推理文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 東京創元社/ |
| 発売年月日 | 1975/03/25 |
| JAN | 9784488524012 |
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彼方
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商品レビュー
3.9
10件のお客様レビュー
幻想文学の古典的名作…
幻想文学の古典的名作。澁澤龍彦が好きな人にもお勧めです。
文庫OFF
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
ユイスマンスの『彼方』は、一見すると退廃的な貴族デ・ゼッサントの人工的な隠遁生活を描いた耽美的な作品として読める。しかし、その深層には19世紀末の秘教的・魔術的実践への深い洞察が込められている。デ・ゼッサントの極度に様式化された生活は、単なる耽美主義の表現ではない。それは感覚の人工的な覚醒を通じて、より高次の意識状態を探求する魔術的実践として理解できる。 人工の優位という主題は、魔術的な含意を持つ。「自然に逆らって」というタイトルが示すように、デ・ゼッサントは意図的に自然の秩序から逸脱する。この逸脱は単なる気まぐれではない。それは自然という「第一の自然」に対して、人工という「第二の自然」を創造する錬金術的な試みとして理解できる。 香水への偏執的な関心も示唆的だ。デ・ゼッサントは香りを通じて、記憶や幻覚を意図的に喚起する。これは単なる感覚的な快楽の追求ではない。香りは物質的な次元と非物質的な次元を媒介する物質として機能する。彼の香水実験は、一種の魔術的な実践として読むことができる。 宝石への執着も同様の文脈で理解できる。彼が収集する宝石は、単なる装飾品ではない。それぞれの宝石は特定の力を持つタリスマンとして機能する。特に亀の甲羅を宝石で飾り立てる場面は、生きた存在を人工的に変容させる錬金術的な実験として読める。 カトリシズムとの関係も複雑だ。デ・ゼッサントはカトリックの儀式に魅了されるが、それは信仰としてではなく、むしろ精緻な魔術的実践として理解される。教会の儀式は彼にとって、感覚的な刺激を通じて意識を変容させる技術として機能する。 特に注目すべきは、悪魔主義への関心だ。これは単なる反キリスト教的な姿勢ではない。むしろ、正統的な宗教実践の裏面として存在する魔術的実践への探求として理解できる。黒ミサへの言及は、儀式を通じた意識変容の可能性を示唆している。 食事の場面も象徴的な意味を持つ。極度に人工的な食事は、単なる奇矯な趣味ではない。それは物質的な摂取を通じた意識の変容を試みる実践として理解できる。特に、固形物を液体に変えて摂取するという方法は、物質の錬金術的な変容を想起させる。 デ・ゼッサントの神経症的な症状も、より深い意味を持つ。それは単なる病理ではない。むしろ、通常の意識状態から逸脱した状態での特異な知覚や体験を可能にする条件として機能する。彼の「病」は、より高次の意識状態への入り口となる。 色彩への異常な感受性も重要だ。特定の色彩が引き起こす幻覚的な体験は、単なる感覚的な現象ではない。それは物質的な刺激を通じて非物質的な体験に至る道筋を示している。色彩は意識変容の媒体として機能する。 最も特徴的なのは、芸術作品との関係だ。デ・ゼッサントにとって芸術は単なる鑑賞の対象ではない。それは意識を変容させる道具として機能する。特にギュスターヴ・モローの絵画への没入は、芸術を通じた意識の変容を示している。 このようにユイスマンスは、『彼方』において19世紀末の秘教的・魔術的実践の本質を描き出している。それは単なるデカダンスの記録ではない。むしろ、芸術と魔術が交差する地点での、意識変容の可能性を探る試みとして理解できる。クロウリーが注目したのも、まさにこの魔術的実践としての側面であろう。デ・ゼッサントの極端な実験は、感覚の人工的な覚醒を通じて高次の意識状態に至ろうとする、一種の魔術的イニシエーションとして読むことができるのである。
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『さかしま』を初読した際、全身の神経が沸々と湧き立ったのを覚えている。 ユイスマンス文学の妙味を味わうと、あと戻りはできない、常にこの世界に浸りたいとさえ思わせてくれる、そこまで強烈な読書体験だった。 構成の乱雑さや話運びのかったるさは相変わらずあるものの、『彼方』のうちにはジル...
『さかしま』を初読した際、全身の神経が沸々と湧き立ったのを覚えている。 ユイスマンス文学の妙味を味わうと、あと戻りはできない、常にこの世界に浸りたいとさえ思わせてくれる、そこまで強烈な読書体験だった。 構成の乱雑さや話運びのかったるさは相変わらずあるものの、『彼方』のうちにはジル・ドレと悪魔崇拝の儀式、この二つを執拗なまで丁寧な描写で描いているというデカすぎる魅力がある。 近代オカルト芸術の重要作なことは間違いない。 どんだけ調べたんだよ。 アランムーアの作品とも通じるポストモダン性。
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