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うつを生きる ちくま新書
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うつを生きる ちくま新書

芝伸太郎(著者)

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うつを生きる ちくま新書

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 筑摩書房/
発売年月日 2002/07/20
JAN 9784480059536

うつを生きる

¥220

商品レビュー

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みんなの感想まとめ
  • うつ
  • メランコリー性
  • 日本文化
  • メンタルヘルス
  • 自己認識
  • 社会経済的視点
  • 哲学的考察
  • 生き方の探求
  • 仕事熱心な人々
  • 自責の念

テーマは、日本的なメランコリー性がもたらすうつの理解とその生き方についてです。著者は、うつを抱える人々が自らの感情や性格をしっかりと認識することの重要性を説いています。特に、仕事熱心で自責の念を抱く人々が、メランコリー親和型の性格を持つことが多いと指摘し、その生き様を「うつを生きる」と表現しています。

また、経済や社会との関連性についても触れられ、うつに関する議論が時にマルクス経済学的な視点に偏ることがあると感じる読者もいます。哲学的な視点からうつを考察することで、現代のメンタルヘルスについて新たな理解を促す内容となっています。日本の風土や文化が、うつの受け止め方にどのように影響しているのかを考えるきっかけを与えてくれる一冊です。

※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。

2026/01/18

2026.1.18 読了。 日本的な精神は、メランコリー性鬱傾向を持っているという。 そこから始まった鬱に関する議論がなぜか、モノやカネ、経済や交換などマルクス経済学的な議論になってしまうのか。 議論についていけない。 さらに話は、罪と罰、ドフトエスキーの小説論にはなってしま...

2026.1.18 読了。 日本的な精神は、メランコリー性鬱傾向を持っているという。 そこから始まった鬱に関する議論がなぜか、モノやカネ、経済や交換などマルクス経済学的な議論になってしまうのか。 議論についていけない。 さらに話は、罪と罰、ドフトエスキーの小説論にはなってしまう。 仕事熱心で自責的な傾向のある性格の人の生き様を筆者は、うつを生きるという。 このようなメランコリー親和型性格者の生き方をうつを生きるという。 うつを生きる人は、うつを生きる自分をしっかりと自覚しておくことが、メンタルヘルスとして重要だという。 メランコリー親和型うつ病とは、「借金を返済できなくなりました。返済義務を免除して下さい」といういわば、会社更生法申請にほかならない。

Posted by ブクログ

2023/12/24

実家にあったのをちょっと読んでみた (時間なくて読了してないけど)。 ここまでくると精神医学より哲学ですね。うつに付いて考えるにはいいけど、現場感覚とは違う気がする(後半読んだら違うのかもしれませんが)。

Posted by ブクログ

2012/01/13

うつという言葉は近ごろ耳にすることが多くなったが、大抵は気分の表現として使われるため、その語を含むうつ病に対する認識がイメージだけで固められることを危惧していた。そんなときにこの本を見かけて手に取った。 この文章では、うつ病の中でもメランコリー親和型うつ病について、世界から見たと...

うつという言葉は近ごろ耳にすることが多くなったが、大抵は気分の表現として使われるため、その語を含むうつ病に対する認識がイメージだけで固められることを危惧していた。そんなときにこの本を見かけて手に取った。 この文章では、うつ病の中でもメランコリー親和型うつ病について、世界から見たときに日本で症例数が際立つ理由を風土に求め、多くの日本人がしがちな思考の背景にある観点を説いて、そのような風土で生活する(=「うつを生きる」)方法に軽くではあるが触れている。 その背景として重点をおかれているのが「モノ」と「金」で、これは「質」と「量」に対応しているのだが、日本では人間関係がモノの贈与より金の交換としての側面を強くもっているという。他者にされたことを「借り」として位置付け、一刻も早く返さなければならないという義務感をもつ。それが人一倍強い性格の人は、どうしても返せなくなるとうつ病へなるというのだ。 私は小さいころ実母によく「他人にしたことはいつか必ず自分に返ってくる」と言われたものであるが、その考え方も上の性質を帯びているといえるだろう。 この本では借りたときの義務感についてのみ触れているが、逆に自分の行いを「貸し」として認識したときの心的負担についても問題になりうるのではないかと考える。 他者に本人が喜ぶようなことを「してあげた」のに相手は何もしてくれないのが不満だ。そう感じるのは人間関係を価値交換の場と捉えているからであろう。もし極端にこの考え方に則っているのならば、自分がした行いの価値から相手にされた行いの価値を差し引いた分だけ不満を持つことになるが、互いに対する肯定的な行動については相手のものより自分のもののほうが大きく感じられるという。[参考] こうなると、両方が平均的な行動をしていても不満が一方的にたまっていくこととなる。 だからこそそのような人は自分の考え方にある観点を認識しておくこと、著者の言葉を借りれば「『うつを生きる』自分をしっかりと自覚しておくこと」が必要であるといえるだろう。

Posted by ブクログ

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