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犬の記憶 河出文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 河出書房新社/ |
| 発売年月日 | 2001/05/20 |
| JAN | 9784309474144 |
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犬の記憶
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犬の記憶
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商品レビュー
4.2
13件のお客様レビュー
著者の思い出す記憶は…
著者の思い出す記憶は、とぎれとぎれの昭和の中に混在する。写真家・森山大道(モリヤマダイドーと読む)の記憶を辿ることは、昭和史を紐解くことでもある。限られた場所の中の。そこは東京という地である。華やかではない、野良犬のような視点からの一時代に触れることが出来る一冊。
文庫OFF
森山大道が自身が写真家として活動するようになったきっかけや、駆け出しの時代について回想したエッセイ集。 ジャック・ケルアックがひたすた旅をしながらその様子を小説という媒体で表現したように、徹底的に路上を舞台にして写真という方法を選択するまでのいきさつや、デビューに至るまでの修行...
森山大道が自身が写真家として活動するようになったきっかけや、駆け出しの時代について回想したエッセイ集。 ジャック・ケルアックがひたすた旅をしながらその様子を小説という媒体で表現したように、徹底的に路上を舞台にして写真という方法を選択するまでのいきさつや、デビューに至るまでの修行時代などのエピソードは、”巨匠の青春時代”ともいうべき面白さに溢れている。 また、本書のラストでは友人たちと興した同人集団「provoke」の創設と離散を経て1972年発表の「写真よさようなら」で自ら”青春の終焉”と記した時期について語られている。この後、1976年発表の「遠野物語」までスランプとも呼べる時期を送るわけだが(その顛末は文庫版「遠野物語」で生々しく語られている)、その直前に何が終焉をもたらしたのかという点を本人の口から聞けたのは、その謎を知りたかった自身として興味深かった。
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驚いた。名文というか迷文というか、表現力含め非常に感性豊かな文章を書く人なんだと改めてビックリ。 以前読んだのは、口述筆記のような著作だった(『路上スナップのススメ』光文社新書)。 大家の飽くなき探求心や、凡人には理解できない感性、執念のようなものに恐れおののいたもの。 「ほとんどの人は日常しか撮ってないでしょう。つまり、基本的に異界に入り込んでいない。でも、街はいたるところが異界だからさ。街をスナップするってことは、その異界を撮るっていうことなんだよ。」(『路上スナップのススメ』より) 日常に潜む異界の入り口に気づく感性ってどんなだ?!と思うが、本書を読んだところで理解できるものではない。ただ、本書のなかで過去を辿る旅路の中、著者が刻んだ人生の襞に、なんらかのヒントが見え隠れしているようには思えた。 旅と記憶。 どちらも「なぜ?」やそれは「なに?」という答を容易に見つけることを許さない、試行錯誤とあくなき追究を終生余儀なくされる命題であると思うが、この大作家の感性をしても曖昧模糊とした捉えどころのないものであるということが判り、いち凡人としては、ほのかな共感を得られたと少し安心したりもするのだった。 「もしかしたら僕の経験の底に沈みこんだまま、目ざめを待っているいくつかの記憶の断片があって、それらが、ふと新しい記憶を呼び醒まそうとしているのではないかと思うことがあるからだ。」 この感慨は、村上春樹著『使いみちのない風景』(中公文庫)の中でも似たようなのがあった。 「それじたいには使いみちはないかもしれない。でもその風景は別の何かの風景に―おそらく我々の精神の奥底にじっと潜んでいる原初的な風景に―結びついているのだ。 そしてその結果、それらの風景は僕らの意識を押し広げ、拡大する。僕らの意識の深層にあるものを覚醒させ、揺り動かそうとする。」 曖昧な記憶、既視感なのか未知なものかもわからない「虚空に頼りなく浮かんだ蜃気楼のよう」な心象風景。それは使いみちがあろうとなかろうと自分を導き、未体験の”異界”への扉となるような予感はある。両方の大家は期せず同じことを言っているように感じた。 そんな体験をしたくて、人は旅を続けるものなのか。 「僕が記憶を媒介としてつづけている旅そのものも、追憶や感傷をも一緒に引きずりながら、覚醒を待って用意されている時間に出会うためなのかもしれない。」 何か、遠くの方に仄かな灯りが見えてきそうな、そんな予感を感じさせてくれた。その遠くは、未来でなく、過去の時間の中にあるのかもしれない。
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