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ターニャの日記 子ども平和図書館5
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ターニャの日記 子ども平和図書館5

早乙女勝元(著者), 矢崎芳則(その他)

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ターニャの日記 子ども平和図書館5

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 日本図書センター/
発売年月日 2001/02/25
JAN 9784820566151

ターニャの日記

¥990

商品レビュー

3

3件のお客様レビュー

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2025/04/01

著者、早乙女勝元さんは、ウィキペディアによると、次のような方です。 ---引用開始 早乙女 勝元(さおとめ かつもと、1932年3月26日 - 2022年5月10日)は、日本の小説家・児童文学作家。東京府東京市足立区出身。 ---引用終了 で、本書の内容は、次のとおり。...

著者、早乙女勝元さんは、ウィキペディアによると、次のような方です。 ---引用開始 早乙女 勝元(さおとめ かつもと、1932年3月26日 - 2022年5月10日)は、日本の小説家・児童文学作家。東京府東京市足立区出身。 ---引用終了 で、本書の内容は、次のとおり。 ---引用開始 第二次世界大戦の総死者数の五分の二がソビエトにおける犠牲です。中でもその悲惨さが知られているのが、ドイツ軍の900日にも及ぶ包囲を受けたレニングラード…。少女・ターニャの日記から、平和とは何かを考える。 ---引用終了 そして、本書に登場するターニャは、ウィキペディアによると、次のような方です。 ---引用開始 タチアナ・ニコライェーヴナ・サヴィチェワ(ロシア語:Татья́на Никола́евна Са́вичева、通称ターニャ(Таня / Tanya)、1930年1月25日 - 1944年7月1日)は、レニングラード包囲戦の渦中において『日記』を残した少女。 ---引用終了 なお、『ターニャの日記』を知ったのは、『新・人間革命』第20巻のp229にて。

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2018/06/02

レニングラードは、1703年にピョートル大帝の指示によりペトロパブロフスク要塞と、その対岸に向かい合う冬宮(皇帝の宮殿)の建設を中心とした城下町だった。 ペトロパブロフスク要塞は、18世紀半ばころから政治犯を収容する牢獄として使われるようになり、ドストエフスキーやゴーリキーも収...

レニングラードは、1703年にピョートル大帝の指示によりペトロパブロフスク要塞と、その対岸に向かい合う冬宮(皇帝の宮殿)の建設を中心とした城下町だった。 ペトロパブロフスク要塞は、18世紀半ばころから政治犯を収容する牢獄として使われるようになり、ドストエフスキーやゴーリキーも収容された。レーニンの兄もつかまっていたらしい。 https://www.euras.co.jp/city-info/st-petersburg.html#con-11 この地はフィンランド湾に通じているため、そこからヨーロッパへの窓を開こうと考えたピョートル大帝は、ヨーロッパ各地から建築家や技術者を招き、突貫作業で西欧風の「石の都」を建設した。当時はサンクトペテルブルクと呼ばれており、それから約200年後の1914年にペテログラードと改名された。 改名して3年後の1917年に、ペテログラードでは十月革命(十一月革命)が起こり、社会主義ソビエトが誕生した。 https://www.y-history.net/appendix/wh1501-083.html それから7年後の1924年、革命の父と呼ばれたレーニンの死に伴い、ペテログラードはレニングラードになった。 https://www.soka.ac.jp/assets/static/special/berggolts/tanya.html 第二次世界大戦中、ドイツ軍に900日間封鎖されたレニングラードでは、63万2000人の一般市民が餓死した。 ザビチェワ一家も、市外で働いていた長女と兵隊に出ていた長男を除き、みんな死んだ。この本は、家族全員を看取ったターニャという女の子が遺した小さな日記についてのお話。 ターニャも生き残ることはできなかった。享年12歳。 この死者数には、ドイツ軍による空襲や砲撃で死んだ死者は含まれない。 レニングラードの市民は、第二次世界大戦によって死んだアメリカ・イギリスの犠牲者よりも、ずっと多かった。 レニングラード歴史博物館には、900日に及ぶレニングラード攻防戦時の市民生活をテーマにした展示だけでも13室を占める。 この本では、小学校で開かれたターニャに関する発表会で、発表している子が戦争を許さない若者になるという誓いの言葉を最後に書いているけど、著者がこの取材をしているちょうどその時、アフガニスタン侵攻真っ最中だったのに…でもこの著者はソ連を礼賛する立場だからこそ、当時のソ連でこれだけ取材をすることができたんだろうけど、でも現在からみると白々しさが大きい。 https://www.y-history.net/appendix/wh1702-001.html

Posted by ブクログ

2013/09/17
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

この本 誰かのブログで紹介されてたのかな? なぜか 目に飛び込んで来て すぐに借りました。 レニングラードの話は 全然知らなかった・・・。 第二次世界大戦・・・。 すごく遠い昔のようだけど そんなことはない。 知らないでいい事なのか? 日本の歴史教育ってやっぱり間違ってる気がする・・・。

Posted by ブクログ