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「わからない」という方法 集英社新書
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商品詳細
内容紹介 | |
---|---|
販売会社/発売会社 | 集英社 |
発売年月日 | 2001/04/22 |
JAN | 9784087200850 |
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「わからない」という方法
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商品レビュー
4
51件のお客様レビュー
内容は割と共感。 イライラしながらも何故か読み進めてしまうなぞの体験。 居酒屋でつまらん話を延々と聞かされたような読後感。
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再読。 読むものがない時のつなぎでパラパラ読んでいたが、 間をどれだけ開けても、スッと入ってくる橋本さんの言葉がすごい。 ものごとを知る、分かっていく、作っていく、その過程を 橋本さん流のわかりやすいくどい言葉で追っていく。 何かを生み出すことに近道はなく、ひらめいたものを確かな...
再読。 読むものがない時のつなぎでパラパラ読んでいたが、 間をどれだけ開けても、スッと入ってくる橋本さんの言葉がすごい。 ものごとを知る、分かっていく、作っていく、その過程を 橋本さん流のわかりやすいくどい言葉で追っていく。 何かを生み出すことに近道はなく、ひらめいたものを確かなものにするために、あとはただ進むだけ。 作品を作り上げるという大きな話だけでなく、 日常の中にある「わからないもの」を分かるようにするための筋道は同じものだ。 身体を信じている橋本さんの言葉は、しごくまっとうで、誰にでも届く。 わかりやすく、のためにえんえんと言葉を重ねる誠実さ。 橋本治の本は、もっと読まれないといけないよな、といつも思う。
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橋本治(1948~2019年)氏は、東大在学中に、「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」という東大駒場祭のポスターで注目され、その後イラストレーターを経て、文筆業に転じ、様々なメディアでも活躍した小説家、評論家、随筆家。 本書は、「わかる」ため...
橋本治(1948~2019年)氏は、東大在学中に、「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」という東大駒場祭のポスターで注目され、その後イラストレーターを経て、文筆業に転じ、様々なメディアでも活躍した小説家、評論家、随筆家。 本書は、「わかる」ために、セーターの編み物の本まで書いてしまった著者が、「わからない」が全ての出発点である、ということについて、繰り返し、著者独特の(くねくねした)文体で書き綴ったものである。2001年出版。 著者も述べているように、方法論を書いたハウツー本ではない。 なるほど!と思った点をいくつか引用すると、以下である。 ◆「「わからない」をスタート地点とすれば、「わかった」はゴールである。スタート地点とゴール地点を結ぶと、「道筋」が見える。「わかる」とは、実のところ、「わからない」と「わかった」の間を結ぶ道筋を、地図に描くことなのである。」 ◆「二十世紀は理論の時代で、「自分の知らない正解がどこかにあるはず」と多くの人は思い込んだが、これは「二十世紀病」と言われてしかるべきものだろう。・・・よく考えてみればわかることだが、「なんでもかんでも一挙に解決してくれる便利な“正解”」などというものは、そもそも幻想の中にしか存在しないものである。「二十世紀が終わると同時に、幻滅もやって来た」と思う人は多いが、これもまた二十世紀病の一種である。二十世紀が終わると同時にやって来たのは、「幻滅」ではなく、ただの「現実」なのだ。・・・二十一世紀は、人類の前に再び訪れた、「わからない」をスタート地点とする、いとも当たり前の時代なのである。」 ◆「この本で私が繰り返し言うことは、「なんでも簡単に“そうか、わかった”と言えるような便利な“正解”はもうない」である。・・・私が言いたいのは、「便利な正解の時代」が終わってしまったら、「わからない」という前提に立って自分なりの方法を模索するしかないという、ただそれだけのことである。・・・私は「新しい方法」を提唱しているのではなく、「人の言う方法に頼るべき時代は終わった」と言っているだけなのである。」 こうして見ると、20世紀末から、時代がモダンからポストモダンに移行しつつある中で、我々はものごとを如何に捉え、如何に解決していくべきなのかを、噛み砕いて示しているのだ。そして、これは、松岡正剛氏が『知の編集術』等で「21世紀は、20世紀に列挙した「主題」を解決する、「方法」の時代である」と表現していることと同じであろう。 21世紀に入り既に20年が経つが、閉塞感の打破できない今、再読する価値のある一冊と思う。 (2006年3月了)
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