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倫理21
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 平凡社/ |
| 発売年月日 | 2000/02/23 |
| JAN | 9784582702248 |
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商品レビュー
3.8
6件のお客様レビュー
倫理哲学を深く掘り下げ、自由と責任の関係に対する新たな視点を提供する作品です。著者は、特に日本特有の「子の不始末を親が謝罪する」という文化が、子どもの自由を侵害する可能性を指摘し、倫理的行為の定義を探求します。また、他者との対話や共通の価値観について考察し、歴史的な視点からも他者の存在を問い直します。戦争責任や責任の区別についても触れ、倫理的な問題を包括的に考察。特にカントの立場を基に、自己原因としての自由を持つ人間の自律性が倫理にどう影響するかを論じています。社会主義への移行を提唱し、21世紀に求められる倫理的行為を示唆する内容は、様々な立場の読者にとっても興味深く、思索を促すものとなっています。読解には時間がかかるかもしれませんが、その奥深い内容に引き込まれることでしょう。
※この内容はAIが作成したものであり、ブックオフ公式オンラインストアの見解や意図を示すものではありません。
少年による犯罪が続いています。それに対して、すぐテレビでは「今の教育が悪い」「親の育て方にも問題があるのでは」などと言われます。もちろん正しい一面もあるとは思いますが、それだけで片づく問題ではありません。脳の障害という可能性もあるし、いろんな環境要因がからんでいると思われます。さ...
少年による犯罪が続いています。それに対して、すぐテレビでは「今の教育が悪い」「親の育て方にも問題があるのでは」などと言われます。もちろん正しい一面もあるとは思いますが、それだけで片づく問題ではありません。脳の障害という可能性もあるし、いろんな環境要因がからんでいると思われます。さてそれでは親は責任をとらなければならないのでしょうか。私にはその質問に答えることはできませんが、個人的な直感としては、親が被害者の遺族に対して何らかの責任はとるべきだが、だからといって、親が社会から「抹殺」される必要はないと思います。それでもきっと「世間」は許さないのでしょうが。本書の大半は哲学の話です。ざっとみても、カント、ヘーゲル、キルケゴール、サルトル、フロイトなどの名前が見つかります。私自身哲学は嫌いではないですが、そんなにしっかり勉強したことはありません。こんな本は読めそうにありません。だけど、目次を見ると、最初にあげたような具体的な話がたくさんのっています。それにつられて買ってしまいました。もちろん、タイトルにもつられています。「倫理」ということをこれからしっかり考えないといけないと思っています。それは現在に対してだけではなく、過去や未来に対しても責任を持つということです。具体的には環境問題や遺伝子組み替え技術などがあるでしょう。それらに対し、自分の生き方の中で、どのように考え、取り組んでいけばよいのか。本書の「はじめに」を読むだけでも、ヒントが得られるような気がします。 同じく柄谷編著の「可能なるコミュニズム」(太田出版)は21世紀の経済を模索している。マルクスなんて読んだことのない人間にとって、かなり難解ではあるが、何か具体的な可能性を見つけ出せた気がする。柄谷さんが「具体的には何をしたいのか」と問うていたところが印象的だ。
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自由とカント 当時の社会問題・状勢と重ねながら倫理哲学についての思考を重ねる。 それぞれの民族性はあるにして、日本特有と思われる思考に「子の不始末を親・庇護者が謝罪する」というものがある。 けれど、この行為により子の自由を侵害しているのだと著者は述べる。自由と責任が表裏一体な...
自由とカント 当時の社会問題・状勢と重ねながら倫理哲学についての思考を重ねる。 それぞれの民族性はあるにして、日本特有と思われる思考に「子の不始末を親・庇護者が謝罪する」というものがある。 けれど、この行為により子の自由を侵害しているのだと著者は述べる。自由と責任が表裏一体なら、謝罪により責任を償う行為は自由の侵害にもなる。 「自由である」状態を定義するのは難しく、人は外部からの刺激を受けて思索なり行為なりをとるわけで、真に自由であるためには「自由であれ」という命令の下でしか達成できない。 外部の刺激、というとまず他者が想定されるわけだが、以外にも人は「対話が可能であり、共通の価値観を持つ者」という限定者のみを想定して他者を語るから混乱が生じる。 歴史を紐解くと、今ここに存在する他者というのはごく限られていて、書物を通して去来の人物との対話やまだ生まれぬ未来の人物も当然他者として想定できる。 この関係の非対称性こそまさに典型的な他者である。 すると、これらの他者とは対話すらできないわけだ。 にもかかわらず、死者の印象が変わることは往々にしてある。それは死者が変わったのではなく、我々自身が変化したためだ。 死者は変わらないことによって、我々の変化を明るみに出す。 あと、 ・戦争の責任(責任の所在、天皇の扱い) ・責任の4つの区別(刑事上の罪、政治上の罪、道徳上の罪、形而上の罪)
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示唆に富む良書。ですが私の読解力では咀嚼に時間を要しまして(とほほ)でも噛り付いてでも読みたい内容でした。
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