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イタリアの詩人たち
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 青土社/ |
| 発売年月日 | 1998/09/30 |
| JAN | 9784791756568 |

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本書の最も感動的なところは、「ジュゼッペ・ウンガレッティ Giuseppe Ungaretti 1888 - 1970」章の「Ⅲ」節である。 <『悲しみ』と題されたウンガレッティの第三の詩集は、1937年から1946年までの作品を含んでいる。 1936年に、ブラジルのサンパウロ...
本書の最も感動的なところは、「ジュゼッペ・ウンガレッティ Giuseppe Ungaretti 1888 - 1970」章の「Ⅲ」節である。 <『悲しみ』と題されたウンガレッティの第三の詩集は、1937年から1946年までの作品を含んでいる。 1936年に、ブラジルのサンパウロ大学でイタリア文学を教えることになった詩人は、祖国をあとにする。翌年、兄の訃報に接して、激しい衝撃を受ける。「なにもかもぼくは失った」という表題を持つ、兄と自分の幼年時代への挽歌が、『悲しみ』の季節をひらく。しかも、この最初の喪失は、さらに二年後、詩人を襲ったさらに痛ましい悲劇の、ほんの序曲でしかなかったのだ。 それは九歳になる息子のアントニエットの死であった。ブラジルでの出来事だった。「来る日も また」と呼ばれた十七篇の短い詩は、幼いわが子の死という、やりきれない不幸に遭遇した詩人の、生きも絶えんばかりの慟哭である。 来る日もまた 2 信頼にあふぇれた あの両の手に 口づけできるのも もう夢のなかだけ 話をしたり、仕事をしたり なにがどう変わった――怖れたり、煙草を吸ったり…… 4 きみたちにわかるものか 絶対にわかるものか おずおずと ぼくのそばに来てくれる あの影のはてしないあかるさを もう あきらめているときに 不意に…… 「死は生きることで贖われる」とうたったのは、北伊カルニアの農場で、詩人が二十八歳のときであった。が、いま、五十歳を過ぎた彼の目前に現われた死は最愛の肉親の顔を持っていて、あまりにも一方的で、あまりにも横暴であり、あらゆる思想を拒否するかにみえた。 1942年、ウンガレッティは、ローマ大学の現代イタリア文学の教授の地位を得てイタリアに帰る。「きみは砕けた」はこの頃の作品で、息子アントニエットへの、ようやく形をととのえはじめた追憶の歌である。 きみは砕けた 2 翼のように きみは 手をあげ 動かぬ空気の澱みを 駆けぬけ 風に いのちを注いでやったのだ 軽やかな きみの踊りつづける足が 一瞬とまるのを見たものは だれもない 3 福(さいわい)なる恩寵―― きみが砕けるのは 当然だったろう 頑迷と盲目のこの世界で ほんのそよ風、クリスタルだった きみ 無信仰 野蛮 獰猛 暴かれた太陽 これら耳を打つ咆哮のなかで 暖かすぎる 燈火だった きみ 肉体の衰えは、ときとして、一種のバロック現象をもたらす。言葉や技術の豊かさを、精神が禦しきれなくなり、詩の世界に荒廃がしのび寄る。ひそかなあきらめが、ウンガレッティを、追憶と子供のような神への憧憬の日々に追いやって行く。そしてそのあとに来るのは、もうふたたび参加することのない歴史への傍観者の眼である。 往年の詩句の緊張感は再びもどらず、老いた詩人は、長い夕暮の道を、ゆっくりと辿りはじめる。なんという長い臨終の季節だったろう。 「約束された土地」を夢みて瞑想にふける晩年のウンガレッティは、復活を信じて、自らの吐く白い糸で、薄明の繭に、このうえなく楽観的な幽閉を実現してゆく、哀しくて高貴な幼虫のいとなみを想像させる。 詩人は、1970年、ローマに生涯を閉じた。> 須賀敦子さんの詩情豊かな文章に唸らされながら、上記の箇所を何度読んだことか…… 亡くなった妹に会えるのは、「もう夢のなかだけ」「もう あきらめているときに 不意に」。 お終い
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http://blog.goo.ne.jp/abcde1944/e/a47dbfe58cb44a06eae602716d5fc80f
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