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ニッポン日記 ちくま学芸文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 筑摩書房 |
| 発売年月日 | 1998/07/09 |
| JAN | 9784480084286 |
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ニッポン日記
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ニッポン日記
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商品レビュー
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アメリカの民主主義デモクラシーの健全さを強く感じる。シカゴ・サン特派員の見た終戦直後の日本。 昭和20年から約2年間、一ジャーナリストから見た占領下な日本とGHQの姿。歴史の一次資料として貴重に思う。 GHQとはまた違った第三者的な冷静な視点が素晴らしい。これがジャーナリズム...
アメリカの民主主義デモクラシーの健全さを強く感じる。シカゴ・サン特派員の見た終戦直後の日本。 昭和20年から約2年間、一ジャーナリストから見た占領下な日本とGHQの姿。歴史の一次資料として貴重に思う。 GHQとはまた違った第三者的な冷静な視点が素晴らしい。これがジャーナリズムのあるべき姿のように思える。当時の日本の小学5年生から70年を経ても日本のジャーナリズムは成長していないと残念ながら思う。 終戦後も反動的に戦力を保とうとした極右勢力、GHQに対しのらりくらりと過ごす官僚たちなど、現代ニッポンと変わらぬ姿が面白い。 占領時代を語るに貴重な記録であろう。
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▼マーク・ゲイン『ニッポン日記』ちくま学芸文庫 『ヒロシマとフクシマのあいだ―ジェンダーの視点から』を読んだときに、atomic sunshine、原子力的な日光が云々というところがよく分からなくて、現行憲法は原子力という最大の威力を背景にして押しつけられたんだという著者の加...
▼マーク・ゲイン『ニッポン日記』ちくま学芸文庫 『ヒロシマとフクシマのあいだ―ジェンダーの視点から』を読んだときに、atomic sunshine、原子力的な日光が云々というところがよく分からなくて、現行憲法は原子力という最大の威力を背景にして押しつけられたんだという著者の加納さんの解釈もいまいち分からなくて、その「原子力の威力」を見せつけたとされる場面が出てくるというこの本を、借りてきて読んでみた。 著者のマーク・ゲイン(筆名)は、1945年12月に厚木基地へ降り立ってからの2年余り、東京を中心に、地方の村へも出かけたりして、占領下の日本を記録した。文庫本でほとんど600ページある厚さだが、戦犯裁判、天皇の人間宣言、新憲法発布、食糧メーデーといった日本の状況から、GHQ内部の対立まで、「戦後」はこんな時代だったのかと思いながら読んだ。 12月5日に厚木に着陸して、12月7日に総司令部の各部局を一巡りした著者は、「私と話し合った人は、歴史上最大の実験と将来称されるであろう仕事、すなわち戦敗国の再形成という仕事にみんな没頭していた」(p.19)という。 民間情報教育局(CIE)のある少佐は、次の日曜から始まる連続放送の『真相はこうだ』というプログラムを準備する仕事を与えられている。その番組は、日本の歴史に関する物語を、命令口調のアメリカ将校に演出された日本人の語り手が芝居調で、満州侵略に始まる日本侵略史のあらすじを日本の国民に語ろうというラジオ番組である。 そういうもののもつ政治性について、著者はこう書いている。 ▼ラジオ放送や、また明日から二十回にわたって連載される予定の新聞の続き物について、私が困惑する一つのことは、その政治性である。たとえば、あの臆病な総理大臣幣原喜重郎が、軍国主義の果敢な敵として描写される。攻撃は、主として軍人に集中され、天皇や財閥の首脳のような歴然たる戦争犯罪人は除外されている。最近の日本史のある部分は素朴に解釈され、ある場合にはゆがめられきっている。 今の時期は、特定の言葉を強調したり除外したりすることが明確な命令同様の比重をもつことがある時期である。日本人たちは、われわれアメリカ人が何を、また誰を嫌っているか、新しい日本に何を期待しているか、ということのヒントを得ようと夢中になっているからだ。(p.22) こうした視点を持つ著者は、GHQ内外の事情やそれに対する日本人の態度を書きとめている。幾度か地方を訪れた際には、村落に暮らす人たちの声を聞き、子どもらにアメリカ人についての感想を聞いてもいる。 1948年の5月3日、新憲法が施行されてから1年経つこの日、ニューヨークへ戻った著者は、終わろうとしている日本占領を振り返って、その成果と失敗について書きとめている。 占領の当初、日本の再形成、つまりはこの国に民主主義を根づかせるにあたってどのような理想が掲げられ、それはいつどのように変質していったのか、追放されたはずの旧勢力が返り咲きつつある現状も含めて、3年をしめくくるように書かれている。 著者が書いている中でも、とくに印象に残ったのはここの箇所。 ▼デモクラシイとは一つの単一体である。それは細切れではありえない。デモクラシイが一国の国民の中から萌え出たものでなく、征服者の事務室から出発したものなら、それはデモクラシイではありえない。デモクラシイは、もしそのデモクラチックな憲法が、非デモクラチックな政府によって奉仕され、非デモクラチックな最高裁判所によって解釈され、非デモクラチックな警察によって強制されるのなら、それはもはやデモクラシイではない。デモクラシイは、もしわれわれすなわちその師傳が自由な言論に対する信仰を表明しながら、日本の国民に彼らの政府、憲法、生活問題を自由に論議することを制限するわれわれの検閲制度の存在を許すならば、もはやデモクラシイではありえない。最後にデモクラシイは、デモクラシイと称される政治・社会体制が天皇を頂点とする完全な封建主義の基礎の上に樹立されるなら、一つのまやかしにすぎない。(p.550) こないだ辛淑玉さんの本に出てきた憲法学者の古関彰一の『日本国憲法の誕生』という本を借りてきてみた。憲法の制定過程の、「日本側」の動きを解明したものらしいので、そっちを読んだあとに、もう一度この『ニッポン日記』を読みなおしてみたいと思った。 (6/27了)
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小林信彦のお勧め戦後史を2冊通読。 マーク・ゲインは翻訳が古いためか、かなり難読。しかし当時の生々しい息使いが感じられるという意味で貴重な本。
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