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平凡な人生 チャペック小説選集5
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 成文社/ |
| 発売年月日 | 1997/07/10 |
| JAN | 9784915730214 |
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平凡な人生
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チェコの作家、カレル・チャペックさんの長編三部作(あるいは哲学三部作?)の三作目です。三作すべてを読み終えたい!と、カレルさんの三部作全体を通しての「あとがき」を読みたい!で読みました。 いまこうして、感想を書くところまできて、ホッとしています。 まず、三部作のまとめの感...
チェコの作家、カレル・チャペックさんの長編三部作(あるいは哲学三部作?)の三作目です。三作すべてを読み終えたい!と、カレルさんの三部作全体を通しての「あとがき」を読みたい!で読みました。 いまこうして、感想を書くところまできて、ホッとしています。 まず、三部作のまとめの感想です。 三部作といっても、ストーリーや登場人物に何のつながりもない、それぞれが独立した物語です。 共通しているのは、カレルさんの「哲学的な問題意識」です。主要なテーマは「真実は何か」みたい。カレルさんは、この問題を展開していく手段として、三つの物語を書き上げたようです。 訳者の飯島周(いいじま・いたる)さんの解説で紹介されているコロンビア大学のW.ハーキンス教授(調べましたがどなたかわかりません・・・)は、三部作を「テーゼ(正)」「アンチテーゼ(反)」「ジンテーゼ(統合)」による弁証法的発展だ、と説明されているとか。 この本の「原著者あとがき」と「訳者解説」を読んで思うのは、これを最初に読んどくんだった・・・、ということです。 一般に「ネタバレ」は避けるべきだとされていますが、わたしのレベルだと事前情報がほしかったです。万が一、三部作をお読みになられる方がいらっしゃったら、一作目『ホルドゥバル』はそのまま読み、その後は、まずこの本の「あとがき」「解説」を読まれることをおすすめいたします。(届くことない宇宙人へのメッセージみたいですね(笑)) 次にこの『平凡な人生』です。 わたしがびっくりしたのは、この本の「文章」です。 あらすじは次の通りです。 「鉄道省の役人を退職し、年金生活の主人公が自分の死期をさとり「自分史」を書き上げます」 そうならば、そのへんのおじさんが書いた自分史ですよね。でも読みはじめると、文章がすごすぎて「おじさん!芥川賞とかとりました?」と尋ねそうになります。 平凡設定無視で、作者のカレルさん、能力全開です。自伝的な内容なんでしょうか、「あれ」「それ」の代名詞多めで、書きたいことが次々浮かんできて、カレルさん、ノリノリに感じます。 内容は前半と後半に分かれています。前半はいわゆる「自分史」パートです。時間の流れをたどります。後半は、前半の「自分史」をテキストにして「真実」を明らかにしようと、自問自答しながら探ります。 その後半に登場するキーワードが「群衆」なんです。このキーワードで、わたしが連想したのは、なぜか「量子力学の世界」。 カレルさんは人間や人生について、「真実」を求め書きすすめます。それに対して、わたしは量子力学みたいな視点から読んでみるのもありかなと感じました。 いまのわたしにはその力量はないな、と思ってしまう自分が残念です。
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死ぬ直前に「自分の人生は波瀾万丈だった」と思うのと、 「自分の人生はいたって平凡だった」と思うのと、 どっちが幸せなんだろう。 なんにせよ、「面白かった」と思いたい。 この本を読んで、人生は平凡でありつつ非凡なものだと思った。 各人にとって、人生はドラマチックだ。 私も、この本...
死ぬ直前に「自分の人生は波瀾万丈だった」と思うのと、 「自分の人生はいたって平凡だった」と思うのと、 どっちが幸せなんだろう。 なんにせよ、「面白かった」と思いたい。 この本を読んで、人生は平凡でありつつ非凡なものだと思った。 各人にとって、人生はドラマチックだ。 私も、この本の主人公もそうだったから、 きっとみんなそうだと思うのだけど、 人は自分の中に群衆を持っている。 というよりも、自分は群衆なのだ。 自分は一体どういう人間なのか分からなくなったり、 自分の中にいくつかの対立する感情が生まれて、 それがしかもどれも自分の願望だったりすると、 本当にわけが分からなくなる。 けれど、それが普通のことなのだと、私は分かった。 なにか一貫したスタイルのようなものが欲しいと切に願う。 それは生活のありとあらゆる所に顔を出すスタイル。 けれど、 持たないというスタイルだってありなんじゃないだろうか。 どれも自分だと肯定することの恐ろしさと楽しさ。 「だから平凡な生活を大切にしなさい」とは言わない。 平凡な生活を維持することがいかに困難なことか。 それでこそ愛おしく尊い生活なのだ。 簡単に言われていることの方が難しい。 けれどそれは「難しい」という単純な真実でもある。 自分を定義しない、その勇気を持ちたいのです。
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