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ミラボー橋の下をセーヌが流れ フランス詩への招待
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 白水社/ |
| 発売年月日 | 1996/10/30 |
| JAN | 9784560003138 |
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ミラボー橋の下をセーヌが流れ
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商品レビュー
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本書に掲載された詩のなかで、マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモールの「わたしの部屋」 がいちばん私の気に入った。この詩は高校時代から知っている。 窪田氏は解説で、 <奇数脚の魅力をヴェルレーヌに教えたのはヴァルモールである。ヴァルモールの清らかな情熱や悲しみの深さを称揚したヴェル...
本書に掲載された詩のなかで、マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモールの「わたしの部屋」 がいちばん私の気に入った。この詩は高校時代から知っている。 窪田氏は解説で、 <奇数脚の魅力をヴェルレーヌに教えたのはヴァルモールである。ヴァルモールの清らかな情熱や悲しみの深さを称揚したヴェルレーヌは、その詩法の斬新さにふれ、11音綴の奇数脚を使用した最初の詩人としてヴァルモールの力倆を高く評価した> <ジョルジュ・サンドのような男まさりの閨秀作家を”あばずれ”とののしり、阿魔(あま)と罵倒した女嫌いのボードレールも、女ごころの悲しさを何の虚飾もなく、女らしい甘美な調べで歌った「サアジの薔薇」や「わたしの部屋」の詩人に対しては、愛情あふれる一文を寄せている> と述べている。まことに、マルスリーヌは愛すべき有能な女流詩人である。 では、謹んでここに「わたしの部屋」を転載させていただく。 わたしの部屋 わたしの住居は高いところにある、 大空に向ってひらかれている。 わたしのお客は、青ざめた まじめ顔のお月さまだけ。 下で呼び鈴が鳴る、 だけど、今はわたしには何の関係もない、 もし、その人が彼でなければ わたしには誰一人用のないひと! 世の人々から身をかくし、 わたしは花を刺繍する。 誰にも恨みはないけれど わたしの心は涙で一杯。 雲ひとつない青い空を わたしはこの部屋から見ている。 わたしは見ている、星たちと また、吹き荒れる嵐を! わたしの椅子のま向いには 一つの椅子が待っている。 その椅子はあの人のもの、 二人していたのは一瞬だけのこと。 リボンのしるしのついたその椅子は いまもそこに置いてあるのだ、 すっかり忘れさられて、まるで ここにいるわたしのように! ここで話が脱線する。この詩を読むと、高校時代に我ら男子生徒どものマドンナであった、数学教師の榊かずえ先生を思い出す。榊先生を崇める我ら男子生徒どもの中に、ロクに数学の勉強をしないでフランス詩を読んでいる早熟で病弱なNがいて、彼は榊先生にはマルスリーヌ・デボルド・ヴァルモールの詩「わたしの部屋」の「彼」「あの人」に相当する男性(つまり恋人)がいると推測した。始めのうちはフランス詩かぶれの妄想だろうと思ったが、やがて本当かもしれないと思うようになった。Nに推測の根拠を聞こうと思っているうちに月日が経ち、ある年の同窓会でNの早逝を知った。 マルスリーヌの謎の恋人のことが気になっていたが、本書にそのことに触れた簡単な記述がある。 <ヴァルモール夫人(マルスリーヌ)の生涯は決して恵まれたものではなかった。彼女は1789年の大革命によって没落した一紋章画工の娘として、北フランスのドゥエに生れた。幼い頃から赤貧に苦しめられ、裁縫女になったり、あるいは子役として田舎町を渡り歩く。やがて女優となり、20年間にわたる舞台生活を続けたが、この間、詩人アンリ・ド・ラトゥシュ (Henri de Latouche, 1785-1851)との悲恋は、詩人としての彼女に大きな影響を与えた。そして1817年に、8歳も年下の凡庸な役者ヴァルモールと結婚したが、4人の子供に早く死なれたりして、彼女の一生は不運と逆境の連続であった。> マルスリーヌにはアンリ・ド・ラトゥシュという恋人がいたのだ。詩「わたしの部屋」の「彼」「あの人」は、ラトゥシュと思われる。おそらくNは、マルスリーヌとラトゥシュの恋路を知り、根拠はわからないがマルスリーヌと榊先生を重ね、榊先生にもラトゥシュのような恋人がいると勝手に推測したようだ。榊先生は我ら男子生徒どものマドンナであったから、浮いた話が一つや二つあっても全く不思議ではない。榊先生におかれてはとんだご迷惑でしようが、先にも述べたように、Nの妄想が本当のように思えてならないのです。Nがマルスリーヌと榊先生を重ねた根拠は何か?それから、榊先生の恋人がいるとしたらどのような人なのか?
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C.D. ルイス。ラ・フォンテーヌからサルトルのシャンソン歌詞まで、あくまでもそらんじて楽しむ41篇。
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