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夜の鼓動にふれる 戦争論講義 Liberal arts
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夜の鼓動にふれる 戦争論講義 Liberal arts

西谷修(著者)

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夜の鼓動にふれる 戦争論講義 Liberal arts

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 東京大学出版会/
発売年月日 1995/04/19
JAN 9784130033510

夜の鼓動にふれる

¥220

商品レビュー

5

3件のお客様レビュー

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2012/10/12

アウシュビッツ、人間はこういう非人間的なこともしうるものだということ。 世界戦争は事実空間的に世界に広がった戦争ですが、それだkでなく、近代戦争のすべての特徴を極限まで高めて、人間の世界そのものを戦争状況に呑み込んだ。つまり人間の日常生活が営まれる生活世界というものが、世界戦争...

アウシュビッツ、人間はこういう非人間的なこともしうるものだということ。 世界戦争は事実空間的に世界に広がった戦争ですが、それだkでなく、近代戦争のすべての特徴を極限まで高めて、人間の世界そのものを戦争状況に呑み込んだ。つまり人間の日常生活が営まれる生活世界というものが、世界戦争という概念のうちに、たんに空間的な意味での戦争の世界化だけでなく、この意味での世界も含めて生活世界の戦争化となった。

Posted by ブクログ

2012/06/20

本書は、東大教養学部生を対象とした「現代思想」という総合科目の一つにおいて行われた講義録である。これは、人類社会において最もダイナミックな現象である「戦争」を、「現代思想」というプリズムを通して見る、また同時に、当代学問において最もダイナミックな知の形態である「現代思想」を、「戦...

本書は、東大教養学部生を対象とした「現代思想」という総合科目の一つにおいて行われた講義録である。これは、人類社会において最もダイナミックな現象である「戦争」を、「現代思想」というプリズムを通して見る、また同時に、当代学問において最もダイナミックな知の形態である「現代思想」を、「戦争」というプリズムを通して見るという二重の試みである。 本書はただの「戦争論」ではなく、「夜の鼓動にふれる」とあるが、これは「光」のもつ意味、「闇」のもつ意味に関する考察が自ずと基調となっている。 「光」とは「啓蒙」であり、ヨーロッパの自己拡張としての「世界化」を推し進めるにあたって、主要な役割を担ってきた。これは、フーコーや他の論者などによる「視線の政治学」が明らかにしたように、「視覚」は西洋が世界を認識・支配するに当たって極めて大きな役割を果たした。 この視覚偏重の文化は「光」のメタファーで括られる理性、秩序、啓蒙などのカテゴリーが支配する堅牢な「昼の世界」を構築した。しかし、「昼」は「闇」つまり非理性、無秩序、野蛮や暴力の支配する「夜の世界」の存在を必然的に伴う。 そして、「戦争」とは、混沌の中で蠢く暴力に規定された「夜の世界」の現象に他ならず、これが「夜の鼓動にふれる」ことの必要性であり、かつこの思索的彷徨の導き手となるのは、「夜の思想家」バタイユ、レヴィナス、ブランショらである。 また、この「不穏な熱い<夜>」の考察は、ヘーゲル、フロイト、ハイデガーに関する緻密な考察を下敷きとして展開され、かつ「死の不可能性」としてのアウシュヴィッツ・ヒロシマ、さらには大衆社会、科学技術、植民地、「日常の戦争化=永遠戦争」としての「経済戦争」など広汎かつ多岐に渉る刺激的論考が続く。 随所に散りばめられるフランス現代思想における重要概念から構成される論理を理解するのは容易ではない。しかし、本書のテーマである「戦争」に限らず、「哲学する」とは一体いかなることであるか?という知的営為における根本的姿勢の次元への思念をいざなって止まない、特異かつ稀有な作品であると思う。

Posted by ブクログ

2011/05/22

元々は大学の講義録を本にしたものであり、扱う内容は「戦争論」なので、「戦争論講義」となってもおかしくない本ですが、この本の題名が「夜の鼓動にふれる」と少しずらしつつも内容的な本質を突いた名前を付けられています。 では、ここで語られる「闇」とは何か?という問題が生まれます。 西洋...

元々は大学の講義録を本にしたものであり、扱う内容は「戦争論」なので、「戦争論講義」となってもおかしくない本ですが、この本の題名が「夜の鼓動にふれる」と少しずらしつつも内容的な本質を突いた名前を付けられています。 では、ここで語られる「闇」とは何か?という問題が生まれます。 西洋の認識論の伝統から「目に見える=知る、分かる」という語義にあるように、白日の下にさらすことで知ることで西洋の知は発達していき、その集大成としてのヘーゲル哲学が生まれてくるが、その帰結として実は認識されない、知ることのできない「闇」というものもまた浮かんできた。それは、アドルノとホルクハイマーが『啓蒙の弁証法』で言うような、理性の野蛮への頽落という問題でもある。知るという行為において、人間は否定をもって「未知」を「既知」へと変換し、世界を構築していくけれども、その「既知」が全てを包み、そのようにしてシステム化された世界で、何を否定するのか?世界がそのようなシステムに包まれた時に「世界」は「戦争化」したと西谷は言います。 その「闇」については、西谷氏はレヴィナスやバタイユを引き合いに出して示唆しますが、この「闇」というものと上手く付き合うことを目的とした講義のようで、非常に学識に富み、示唆深い内容なので、読んで為になる講義ですし、つまらない世界史の授業で学んだ出来事の意味や質というものを再認識させてくれます。できれば、若いうちに読んでおくべきだった。

Posted by ブクログ

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