日の丸抹消事件を授業する 岩波ブックレット334

山本典人(著者)

• 販売会社／発売会社: 岩波書店/
• 発売年月日: 1994/02/21
• JAN: 9784000032742

商品レビュー

2006/09/28

1936年、ヒトラー率いるナチス・ドイツのなか行われたベルリン・オリンピックで金メダルをとった孫基禎に小学生にわかる言葉でつづられた本である。＜「忘れもしません。1936年８月９日、この日のベルリンの空はギラギラ輝いていました…略p.2」優勝したときの感動−。「水ぶくれの足マメも、血だらけの裂けた皮膚も、まったく痛みを感じませんでした。記録は２時間29分19秒２、当時の世界最高記録でした。表彰台に上がると頭に月桂冠、さらにかしわの若木を両手でいただきました。怒濤のように大観衆の拍手がわきおこりました。ところが、わたしが優勝の歓喜に酔いしれたまさにそのときでした。空に日章旗があがり、君が代が鳴り響いたのです。驚天動地の心境でした。わたしはそれまで、優勝すると日章旗が掲揚されるとは夢にも思っていなかったのです……。亡国のくやしさとみじめさ、悲しさと怒りが胸底に深く沈下し、涙がともどもなく頬を伝わりました」pp3-4＞＜「日本の人びとには、あれは優勝の光栄に輝いた感激の涙だといいました。しかし、そうではなかったのです。心の中では憤怒の叫びをあげていたのです（略）わたしはこのとき、日の丸のために、二度と走るものかと決意しました。わたしは、わたしのマラソン人生を24歳で一度は捨てたのです」p.4＞孫基禎は日本の植民地支配の生きた証人である。日本は男子マラソンは、孫基禎の金メダル獲得以来、ゴールドメダルの獲得は１つもない。歴史の呪縛かもしれない。1936年は2.26事件のあった年である。そして翌年には日中戦争があり、日本は中国にせめこむ。孫基禎と柳美里の外祖父は1912年生まれのマラソンランナーという接点があり、このことが『８月の果て』の、日本ーマラソンー朝鮮という壮大な歴史のバックグラウンドの１つともいえる。