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法律(下) 岩波文庫
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法律(下) 岩波文庫

プラトン【著】, 森進一, 池田美恵, 加来彰俊【訳】

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法律(下) 岩波文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 岩波書店
発売年月日 1993/04/16
JAN 9784003360217

法律(下)

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商品レビュー

3.8

5件のお客様レビュー

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2010/05/28

上巻の続きです。引き…

上巻の続きです。引き続き「アテナイからの客人」ら三人が国制と法律について論じるます。本書では「現実にあるべき国家」の具体的な法律・制度全般について自由で大胆な提案を行います。

文庫OFF

2025/12/27
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※このレビューにはネタバレを含みます

上下巻まとめての感想。「国家」と同様に理想とする政治体系について、ダイアローグ形式で説かれていくのだが、ダイアローグがまだるっこしいのも前作同様。 メギロスに至ってはほぼ空気で、ラケダイモンの政体をほんの一部(しかも、ときどきあまり好意的ではないやり方で)言及させるためのキャラになってしまっていて、もうダイアローグでなくてよいのでは、と思ったのも前作同様。 哲人政治による理想国家を目指すのではなく、現実の世界で可能な最善の国家をどのように想定するか、という命題。よく言われるように、哲人国家は、「国家」を執筆した後に色々と苦い経験をしすぎて諦めたのであろう。 「国家」は善と悪を考察するにあたり、善が行われる国家とはどういうものか、という仮想の国家の輪郭から善の性質を考察していたが、今回は、仮想の国家を作り上げていくのは似ているが、哲人王ではなく一般の人間が統治する前提で、どのような法律を整えていけばその国家は最善となりうるか、という運びになっている。とはいえ、最高議会と呼べる”夜明け前の会議”の構成人員に要求される特性は十分に浮世離れしたものなのだが。なので、全体としての読後感も自分はあまり変わらなかった。 結局、哲人王による徳の政治はあきらめられても、国家が、その中に生きる人間が善を体現するための存在である、ということは捨てられなかったのか。途中、神を理神論的に、ないしは利益をもたらす取引対象としてみる見方に必死になって反駁しようとするあたりは、理想国家を仮想する、という枠組みを超えてプラトンのこうあってほしい、という信念(というか切なる願い)を感じずにはいられない。 国家は人間の風習や習慣についてまでいちいち決めごとをしないもので、そのあたりは書かれざる掟に任せるべきと言いつつ、かなり細かいところにまで口を挟まずにいられない性分が垣間見えて、どうしてもプラトンは人間は善く生きるべき、生きてほしい、という考えを捨てきれなかったのか、と思わされた。 ただ、最も印象深かったのは第7巻803E~804Cにある、以下のような発言。 「正しい生き方とは何でしょうか。ひとは一種の遊びを楽しみながら、つまり、犠牲を捧げたり歌ったり踊ったりしながら、生涯を過ごすべきではないでしょうか」 「人間というものは、多くは操り人形であって、ほんのわずか真実に預かるにすぎないのですから」 「どうか驚かないで、メギロス、私に同情してください。私がいま言ったようなことを言ったのは、私が神に向かい合い、(自分がいま言ったような存在であることを)身にしみて感じたればこそなのですから」 このプラトンらしからぬ、刹那的とすら言える発言はどうだろう。この後、ダイアローグの中で仮想国家の法律を長々と述べていく過程ではこのような発言は鳴りを潜めるのだが、なぜ中盤でこのような言葉が一度だけふっと出てきたのか。一時の気の迷いか、それとも、遍歴を重ねる中で、一種あきらめの様な心境に至ったものが思わず出てきたのか。 いずれであったにしても、「国家」では一途に善を信じていたプラトンよりも、このような発言を途中に入れてしまうプラトンのほうが、迷いながらも思索し続ける生身の人間の姿を映し出していると感じられた。 (追記) "国家" における理想の政治体制との違いで目についたのは、"国家" では哲人によるある種トップダウン的な政治が良しとされるのに対し、"法律" では曲がりなりにも集団統治を目標としている。そのためか、後者では、市民一人一人が法律の担い手であるとする意識が強く出ている。 法の違反を犯した者は勿論、それを看過した者もまた罪に問われ、場合によっては名誉をも剥奪される事が法律に明記される。本書に書かれているわけではないが、神や理想の哲人ならぬ身で社会を維持するには、誰かにより掛かるのではなく、自らが社会を作る一部としての自覚を持たなければならない、と言うことか。 これは市民社会と民主主義社会の萌芽と言えるアイディアと思えるが、民主制を最悪の一歩手前の制度と断じたプラトンにして、このような結論に至らしめたのは、遍歴を重ねて現実的になったが故なのか。それとも理想の君主がこの世に存在しない以上、論理的にやむを得ないと考えたか。 いずれにせよ、民主主義とはそもそも自らが責任を背負うものであると言う考えは既にこの時代に有ったかも知れないのに、責任は放棄するが社会の果実は欲しいと言わんばかりの言動が跋扈する現代は、あまり変わらないのだなと思わされる。

Posted by ブクログ

2025/09/11

対話の舞台は地中海クレテ島.ゼウスの社への参詣の道すがら,「アテナイからの客人」ら三人が国制と法律について論じる.最善の国家についての理念を提示した『国家』に対し,本書では「現実にあるべき国家」の具体的な法律・制度全般について自由で大胆な提案を行う.プラトン(前四二七―三四七)最...

対話の舞台は地中海クレテ島.ゼウスの社への参詣の道すがら,「アテナイからの客人」ら三人が国制と法律について論じる.最善の国家についての理念を提示した『国家』に対し,本書では「現実にあるべき国家」の具体的な法律・制度全般について自由で大胆な提案を行う.プラトン(前四二七―三四七)最晩年の著作で最大の長篇.(出版社紹介)

Posted by ブクログ

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