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宗教論 宗教を軽んずる教養人への講話 筑摩叢書358
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宗教論 宗教を軽んずる教養人への講話 筑摩叢書358

F.シュライエルマッハー(著者), 高橋英夫(訳者)

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宗教論 宗教を軽んずる教養人への講話 筑摩叢書358

定価 ¥2,242

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 筑摩書房
発売年月日 1991/11/30
JAN 9784480013583

宗教論

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2016/08/11

宗教論の古典(1797年発表)。訳文はとても読みやすい。しかし、書いてある内容が理解できるかはそれとは別だ。絶版なのが惜しい。 220年前の著作とは思えないほど、現代にもその問題意識は妥当性をもっている。 第5講のユダヤ教に関しては、ちょっと違うだろうと思う。キリスト教につい...

宗教論の古典(1797年発表)。訳文はとても読みやすい。しかし、書いてある内容が理解できるかはそれとは別だ。絶版なのが惜しい。 220年前の著作とは思えないほど、現代にもその問題意識は妥当性をもっている。 第5講のユダヤ教に関しては、ちょっと違うだろうと思う。キリスト教については、この通りならば素晴らしい宗教だ。 宗教論として、つまり宗教の本質的意義については、虚無主義に陥ることなく、リベラルに考察されている。ロマン主義の真骨頂を見た思いがする。 組織の悪弊や分派については、論じ切れていない気がするが、これ以上は進めなかったのだろう。 読書を通して、無限に思いをはせる瞬間が幾度となくあった。宗派でなく、宗教について考える好著であった。 ・宗教の本質は、思惟することでも行動することでもない。それは直観そして感情である。宇宙を直観しようとするのである。宇宙の独自な、さまざまな表現、行動の中にひたって、うやうやしく宇宙に聴き入り、子供のようにものを受け入れる態度で宇宙の直接の影響にとらえられるよう、宇宙に充たされよう、とするのである。 ・すべて存在しているものは、宗教にとっては、必然なのだ。すべて存在しうるものは、宗教にとっては、真実な、それなしではすまされない無限なるもののの象徴なのだ。 ・宗教は奴隷の奉仕でもなければ、囚われの身となることもない。宗教においても、自分はやはり自分自身でなければならない。いや、それこそ宗教に関与しうる唯一の条件でさえある。 ・判断力、観察の精神、芸術感情、あるいは道徳などを育て、植えつけたいという人がいたら、お目にかかりたいものだ。そうしたら、わたしも宗教を教えることを引き受けようと思う。 ・宗教を妨げるもの、それは理知的人間と実際的人間である。 ・いっさいは、この根本直観を見いだすということにかかっているのであり、根本直観を持たないうちは、個々の事物についてのあらゆる知識も、なんの役にも立ちはしない。

Posted by ブクログ

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