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日の移ろい 中公文庫
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商品詳細
| 内容紹介 | |
|---|---|
| 販売会社/発売会社 | 中央公論社 |
| 発売年月日 | 1989/12/10 |
| JAN | 9784122016668 |
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日の移ろい
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日の移ろい
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商品レビュー
3.7
4件のお客様レビュー
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
梯久美子が編纂した「妻への祈り」に抄録されていて、こう書いた。 (以下引用) 日記。鳥の死。娘マヤ。図書館業務。小学生の少女との交流。夢。川端康成の死の報せ。「あなたが小さな女の子といっしょに居るのを見ると、なんだか気分がへんに悪くなってくるの」。沖縄芝居。妻の畑。レコードでクラシック。講演旅行。いずれ何もかも滅びる。憂鬱。「島尾隊長に会いたい」。台風。妻が鼠を溺れ殺す。マヤと伸三の帰郷。 ……小説というより日々の覚え書きだが、描写が丁寧で、やっぱり小説家の文章。 そして、地獄を経たあとの静けさだからこそ、なんでもない日常がじんわり輝いている。 もちろん体調不良や気鬱が常にあるので、下降気味の平穏ではあるのだが。 天候の描写が連動しているように思えるし、それがまたいい文章。 この文庫では抄録だが、全部読みたい。 個人的にはこういう日々雑記は苦手なほうだが、この文章は実にいい。 壮絶な経緯をまとめた文庫の最後にこれを置いた配置の妙でもあるだろう。 (引用以上) 昭和47=1972年4月1日から、昭和48=1973年3月31日までの、一年間を、 雑誌「海」の、昭和47=1972年6月号から、昭和51=1976年9月号まで、4年以上に渡って連載。 ズレは半年から、平行するかと思いきや、休載を挟んでズンズン増していく。 本書単行本のあとがきは、昭和51=1976年10月。 結果的には3年半前の、日記を編集しながら発表しているわけで、その時間差の構図は「死の棘」と同じ。 「プチ・死の棘(および「われ深き淵より」で移住したのちの、)その後」 という結構と言える。 小説なのだ。 実際、 「「「日の移ろい」には事件を書こうとはせず、登場人物も「私」のほかに「妻」と二人の子どもと一少女に限った。主人公は鬱自身でもあったろうか」 と。 読んでいると延々、「この気鬱をどうしたものか」と輾転反側する中年男性の像が、限られた人間関係の中で執拗に描かれる、やっぱり小説なのだ。 で、抄録で読んで、「あなたが小さな女の子といっしょに居るのを見ると、なんだか気分がへんに悪くなってくるの」に、ドキーンとさせられたので、本書を読みつつ「少女表象」に付箋をつけていったら、なんと30か所ほど!! 連想したのは、ルイス・キャロル。 ルイス・キャロル=チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソンは、オックスフォード大学のクライスト・チャーチで住み込みの教員をしつつ、学寮長の娘アリスと独特な交友を持った(期間限定の)。 島尾敏雄は、鹿児島県立図書館の奄美分館の初代分館長として、敷地内に夫婦で住みつつ、小学6年生くらいのキミヨちゃんを待ちわびる。そして、同年配の少女との交流を思い出したり、成長した後の姿を見て、当時を愛惜したり、している。 他の作品に、混血少女への偏愛が描かれていたりすることも思い合わせたり、いやでもあからさまに少女愛とかロリコンとかは書かれていないが、ルイス・キャロル……宮崎駿……澁澤龍彦……の路線に、裏打ちするかたちで並べてもいいのでは、と考えた。 おそらく日記にはもっと雑多な人間関係や雑事が書かれていることを想像すれば、その中からキミヨちゃんへのくさぐさを敢えてピックアップしているので、やはり作家が作品化する際の意図的な地雷であって、そのスイッチを似た気質の自分(過ぎたことを惜しみ嘆くばかり)がいちいち踏みにいっているのではないか、とも思わされた。 以上は、だいぶん偏った性癖の感想だが、確かによき日記文学。 というか、日記文学自体をここまで熱心に読んだのは、初かも。 単行本の帯に、「日記という形式で日常を追いつつ、日々の出来事の皮相と、それを受けとめる「心」の抗いのさまを観察し、記録することで、文学に熟成させた名作」とあり、これを書いたのは安原顕なんだか宮田鞠栄(中井鞠栄)なんだかわからないが、確かに納得の帯文。 本作は作者生前の全集に収録された。 「続」は全集刊行後のため、単行本化1986年8月は生前だが、1986年11月の逝去後、本文庫は1986年で、もちろん全集未収録。 となると、「続」がまだなのに、遺稿集「震洋発進」(ある意味すごいタイトル)とか、遺稿エッセイ集「透明な時の中で」が気になるところ。 仮に全集を手に入れても、次から次にほぼ無限に拾位が存在するので、どこかでケリをつけなければいけないのだ。
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日記モノ。某作家が誉めてたので読んでみた。しかし途中で飽きて挫折。ゆったりと、しみじみと味わう読み物かと思う。
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島尾せんせいのこころをこの世のありとあらゆるものが塞いでゆく・・・ 目の先がくらくなったってあんあた・・・
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