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方丈記私記 ちくま文庫
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方丈記私記 ちくま文庫

堀田善衛【著】

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方丈記私記 ちくま文庫

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商品詳細

内容紹介
販売会社/発売会社 筑摩書房
発売年月日 1988/09/27
JAN 9784480022639

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方丈記私記

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2025/11/05

堀田善衛(1918~98年)氏は、富山県高岡市生まれの小説家・評論家で、戦後文学を代表する知識人の一人。慶大仏文科を卒業後、戦時中に国際文化振興会により上海に派遣され、現地で終戦を迎えた。戦後執筆を開始し、『広場の孤独』で芥川賞を受賞(1951年)。その後、『時間』、『方丈記私記...

堀田善衛(1918~98年)氏は、富山県高岡市生まれの小説家・評論家で、戦後文学を代表する知識人の一人。慶大仏文科を卒業後、戦時中に国際文化振興会により上海に派遣され、現地で終戦を迎えた。戦後執筆を開始し、『広場の孤独』で芥川賞を受賞(1951年)。その後、『時間』、『方丈記私記』などを発表しつつ、アジア・アフリカ作家会議への参加など、海外とも活発に交流し、国際的な視野を持つ作風で知られた。 私はしばらく前に、著者が上記の第1回アジア作家会議(1956~57年)に事務局側で参加するためにインドに滞在したときに綴ったエッセイ集『インドで考えたこと』を読んだが、当時の作家としては比較的珍しい国際派ということに興味を持っており、今般代表作の一つである本書を読んでみた。 本作品は、1971年に出版され、毎日出版文化賞を受賞。 『方丈記』は、冒頭の「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたる例なし。」という文章であまりにも有名な、鎌倉時代初期に鴨長明が書いた作品で、当時の地震・火災・飢饉などの災厄を記録し、人生の儚さを語った古典。そして、著者が、『方丈記』を単なる過去の記録としてではなく、現代社会の視点で読み直し、災厄や無常を通じて人間の生き方を深く省察したものが本作品である。 本書は随筆であるが、著者が込めた思いを挙げるなら、概ね以下の3点と思われる。 1つ目は、『方丈記』の描写と東京大空襲の重なりである。著者は、東京大空襲を遠望し、焦土と化した東京を歩きながら、それが方丈記に記された大火や飢饉の様子と何ら変わらないことを知り、方丈記の世界が過去の物語ではなく、文明化した現代でも繰り返される「歴史の構造」であることを痛感したのだ。 2つ目は、無常観が政治的に利用される構造である。著者は、焦土化した東京の街を視察する天皇に対して、人々が土下座して「詫びる」光景を見て、災厄や戦争の責任を権力者ではなく被災者側に転嫁し、それを「仕方ないこと」とする無常観で覆い隠す構造を批判した。これは、方丈記の時代に、宮廷が災厄を無視して遊宴に耽っていたことと同質の問題だともいう。 3つ目は、住居論的観点から見た現代文明の批判である。鴨長明が住んだ方丈庵は、組み立て式で移動可能な最小限の住居であったが、それは災厄を逃れるためには合理的なものであり、著者は、現代の贅沢な生活を見直し、「生きるための最低限」とは何かを再考すべきとする。 一通りページを繰って、私は「無常(観)」について改めて考えることになった。 我々日本人にとって、無常とは、方丈記や平家物語に象徴されるように、すべては移ろうということであり、それが、儚さを受け入れ、執着を離れるという、日本人特有の人生観に繋がっているということに、異論を挟む向きは少ないであろう。そして、私もこの人生観は基本的に好きである。しかし、(少し考えればわかることだが)この発想は、自ら主体的に考え、行動する責任を放棄することにもつながりかねないし、さらに悪用されれば、著者が言うように、権力者の責任逃避に使われかねないものでもある。 著者が本書でこの指摘をしたのは、戦後四半世紀が経ち、なお戦争責任(外国に対する加害責任というよりも、時の権力者の国民への責任として)が明確にされないことへの強い危機感・違和感から出たものと想像するが、ある意味、綿々と受け継がれてきた日本人の弱さともいえ、著者が、現実(さらには将来)を変える契機として提示した意味は小さくないのだろう。 従来(概ね)ポジティブに捉えられてきた日本の精神文化に警鐘を鳴らす一冊である。 (2025年11月了)

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2025/05/16

五木寛之「現実にあったことを、自分の目で見て、文章に書き写すという翻訳の時点で、もうすでに一つのフィクション化がなされている。」 「見るということ自体、どれを見るかという選択が働いている」 堀田善衛「ものを考えるということ自体、フィクション、仮説というつっかい棒がなかったら、人...

五木寛之「現実にあったことを、自分の目で見て、文章に書き写すという翻訳の時点で、もうすでに一つのフィクション化がなされている。」 「見るということ自体、どれを見るかという選択が働いている」 堀田善衛「ものを考えるということ自体、フィクション、仮説というつっかい棒がなかったら、人間何も考えられない。」 「デカルトの『方法序説』にしたって、ものを考えるのにはこの方法がよろしいという、ものすごく美しい仮説ーーフィクションですからね。それはデカルトのものであって、…誰もあの方法を使ってものを考えることなんてできない」 以上は堀田善衞著「方丈記私記」の中で、 対談「方丈記再読」として五木寛之、堀田善衞両名の対談として載っているものです。

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2024/04/24

小説家である著者が、鴨長明の『方丈記』の内容をみずからの戦争体験とかさねつつ語った本です。 火災に見舞われた京都のようすをしるした『方丈記』の叙述を、著者は東京大空襲後のみずからの体験とかさねながら紹介します。著者が驚いたのは、多くの人びとを死に追いやった戦争のあとにも、そのよ...

小説家である著者が、鴨長明の『方丈記』の内容をみずからの戦争体験とかさねつつ語った本です。 火災に見舞われた京都のようすをしるした『方丈記』の叙述を、著者は東京大空襲後のみずからの体験とかさねながら紹介します。著者が驚いたのは、多くの人びとを死に追いやった戦争のあとにも、そのような帰結をもたらした日本の歴史を根底から変えるような動きが現われず、そればかりか著者自身もそうした運命を受け入れてふたたびこの国の歴史の変わることのない流れを支えようとする人びとの優しさに、みずからも共感をすらおぼえたということでした。「ああいう大災殃についての自分の考え、うけとり方のようなものが、感性の上のこととしてはついに長明流のそれを出ないことを悔しく思った」と著者は述べています。 こうした著者の問題意識は、世の中の動きから弾き出され、恨みごとを語りつつも、仏道に邁進して俗世間を相対化するのではなく、その一端に自己をつなぎ止めていた長明という人物の態度へと向かっていきます。著者は、長明のシニカルなスタンスをつくり出すことになった彼の真理の襞にせまりながらも、たとえば西行や道元などと比較することによってそれを切り捨ててしまうことはありません。長明が捨てきれなかった「私」をえぐり出してそれを「おそろしく生ぐさい」と評しつつも、それが「長明の「私」であったとすれば文句を言う方が間違っているのである」と語る著者のスタンスも、長明の処世の態度に接近しているように見えます。あるいは、そうした態度をとることへと著者自身を引き込んでいく、長明のつくり出す磁場を、このようなしかたであぶり出すことが著者のねらいだったのでしょうか。

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