憤怒の人 の商品レビュー
杉山響子さんのお母様、佐藤愛子さんの書いた「私と娘」シリーズ2冊を読了後に手に取った本。 愛子さん目線とは違った、響子さん目線でのエピソードを読めるとは、なんたる贅沢。 響子さんの「作家・佐藤愛子」への想いと、「母・佐藤愛子」の想い、それぞれが絶妙に文章に落とし込まれていて、響...
杉山響子さんのお母様、佐藤愛子さんの書いた「私と娘」シリーズ2冊を読了後に手に取った本。 愛子さん目線とは違った、響子さん目線でのエピソードを読めるとは、なんたる贅沢。 響子さんの「作家・佐藤愛子」への想いと、「母・佐藤愛子」の想い、それぞれが絶妙に文章に落とし込まれていて、響子さんの揺れうごかされる感情に、こちらまで胸が痛くなる。 お二人のエッセイを読んでいると、忘れていた自分自身の母との記憶や、娘との記憶がじわぁーっと脳裏に浮かんでくる。 久々に、自分から母に電話を入れてみようかなと思った。
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私はこの本を、母として、娘として、そして孫として読んだ。それぞれの立場から思い浮かぶ記憶があり、そのたびに見える景色が変わった。今回の読書は、自分自身の人生と家族関係を見つめ直す、非常に密度の濃い体験だった。
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この本で、佐藤愛子という人がエネルギーの 塊り(憤怒の)ということが分かった。 佐藤愛子の本を少なからず読んで来たが、 これで最終。母・佐藤愛子のカケラの娘さんの 杉山響子さん、お疲れ様でした!
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佐藤愛子さんのエッセイ「娘と私の部屋」が「non-no」に連載されている頃、毎月、発売が楽しみだった。 エッセイを読むためにファッション誌を購読していたのである。 母と娘の、対等(に見えた)な丁々発止がとてつもなく面白く、その母娘関係がうらやましかった。 なんと言っても、「怒る佐...
佐藤愛子さんのエッセイ「娘と私の部屋」が「non-no」に連載されている頃、毎月、発売が楽しみだった。 エッセイを読むためにファッション誌を購読していたのである。 母と娘の、対等(に見えた)な丁々発止がとてつもなく面白く、その母娘関係がうらやましかった。 なんと言っても、「怒る佐藤愛子」にスカッとした。怒る女はカッコいいなと思った。 佐藤愛子さんは長生きで、いつまでも変わらずシャキッとしておられた印象。 認知症を患っていたことをこの本で初めて知った。 響子さんは、最初、母の認知症を隠そうとしたという。 私は、小説家が認知症になったと聞かないので、書く人は認知症にならないのだと思い込んでいた。 物語を紡ぐのは一番、頭にとって良いことだ、そして、本をたくさん読んでいたら自分も少しはあやかれるのかななどと密かな期待をしていた。 隠しておられた方もいたのかもしれない。 人間、長く生きれば衰えていくのは当たり前なのだ。 響子さんはずっと愛子さんと暮らしてきた。 それは長い日々だったし、これからも続くとどこかで思っていたのではないだろうか。 しかし、だんだんと母が自分の知る母でなくなっていく様を目の前で見せられる。 私も経験があるが、話が通じなくなっていくのは疲れる。 ちょっと変だなから始まり、あり得ないことを言い出すようになって、ああ、ついに来たのだと知る。 知性的だった人の変容を見ると、その落差がさらに辛い。 いつ爆発するか分からない活火山だった母が今や死火山になってしまったという響子さんの思いはなおさらだろう。 「私が死んだら『お母さんについて書いてくれ』ってあっちこっちから言ってくるからそのつもりでいるように」と愛子さんから言われていた響子さんは、今こそ、書くべきだと思ったという。 ーー私は、母自身が忘れてしまった母を覚えているのだーー いつまでも覚えておくよ、という、娘から母へのメッセージ。 母と過ごしたかけがえのない日々を振り返る「母と私の茶の間」と言ったところだろうか。
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かつて、ひょんなことから佐藤愛子氏のお嬢さんである杉山響子さんの『物の怪と龍神さんが教えてくれた大事なこと』を読んだ。その関連で、響子さんがお母さんのことを書いた本ということで手に取る。とてもよかった。そして私ごときがエラソーに言うのもなんだが、その筆力に感心した。 年取った母親...
かつて、ひょんなことから佐藤愛子氏のお嬢さんである杉山響子さんの『物の怪と龍神さんが教えてくれた大事なこと』を読んだ。その関連で、響子さんがお母さんのことを書いた本ということで手に取る。とてもよかった。そして私ごときがエラソーに言うのもなんだが、その筆力に感心した。 年取った母親を持つ身として時に共感し、時に涙ぐみながら読み進めた。息子にとっての母親はどうかわからないが、いろんなことがあっても母親と娘。切なくて、そして悲しくて、あたたかくて。会ったこともないけれど、小さかった響子さんが目に見えるようだった。響子さんは幸せだったんですね。なんだか安心した。 p158 つまらん話をする人を憎むという愛子先生。ではどんな話ならいいの?と響子さんが聞くと、 *間髪入れず「悪口だね」と母は答えた。 「でも陰口はダメね。面白くないから。悪口と陰口の違いってのがあるのよ。悪口は言われている本人が聞いたとき、怒るより笑い出す。陰口は聞いた本人が不愉快になる。そういう違いがある。私が好むのは悪口のほうね」 p237 数々の怪奇現象が起こる北海道の浦河での思い出。 *「あの馬、すぐにシナシナになる馬。あの馬のことを思い出すんだよ。あの馬を見て笑ってたときは幸せだったなぁ。あんたと二人、ベンチに腰掛けて歌合戦を見た、あの日に戻りたいねぇ」 母と過ごしてきた沢山の夏がある。 その一つ一つを思い出そうとすると、私は大切な何かをなくしたような気分になって悲しくなるのだ。 p248 道端で団扇を配る若者に「それもらっていい?」と聞いてティッシュをもらってきた響子氏に娘の桃子氏が *「もらうことは恥ずかしくないんだよ。若い人にため口を使うのが恥ずかしい。『団扇ください』ならいいんだ。でも『もらっていい?』とか『さっきから欲しかったんだよねぇ』とか言うでしょ。そういうのが恥ずかしい」 ↑ まさしく私。恥ずかしいおばさんなのか、私。 p290 何年か前、地元の喫茶店で隣り合わせた中年女性が、料理の話をしていた。サバ缶とキャベツを使った料理。愛子先生は、そのレシピをメモし、さっそく自宅で作ってみる。 *「なるほど。あのオバハンはこういうのをおいしいと思うのか」 母はおいしいおかずを作ろうとしたのではないんだ。母はあのオバハンがどういうものをおいしいと思う人間なのかが知りたかったのだ。 ~ 母はキャベツのサバ缶和えを通して、見知らぬオバハンの日常のかけらに一瞬触れたのだと思う。 p316 『戦いすんで日が暮れて』のラストシーンに描かれた「グルグル歩道橋」に響子氏は愛子先生とよく出かけた。環七にかかる螺旋階段の歩道橋から、2人して「ばかやろー」「うるさい」と叫ぶ。 *このとき、母は何を考えていたのだろう、と老いた私は考える。借金のことか、小説のことか。 「小説のことだね。いつも小説のことばかり考えていたよ、あの頃は。借金かえさにゃならんから必死だったね」 私の中の想像の母がそう答えた。 母は知っていただろうか。あの瞬間、私ははちきれんばかりに幸せだった。母がいて、五十円のアイスがあって、茜色の空が広がっていた。夜がそこまで来ていても寂しくも怖くもなかった。大切なものは揃っていた。 だから今の私はあの瞬間を、歩道橋で叫んだあのときを思い返すと、何かを失った気がして泣きそうになるのである。
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かつて佐藤愛子のエッセイを続けて読んでいたことがある。 そのキョーコさんのエッセイ! 愛子先生の「今」は、そうなんだ…と、 時の流れを感じた。 本書は、そうした愛子先生の今に奮闘される キョーコさんのエッセイかと読み進めると かつて読んだ「娘と私」の キョーコさん目線からのお...
かつて佐藤愛子のエッセイを続けて読んでいたことがある。 そのキョーコさんのエッセイ! 愛子先生の「今」は、そうなんだ…と、 時の流れを感じた。 本書は、そうした愛子先生の今に奮闘される キョーコさんのエッセイかと読み進めると かつて読んだ「娘と私」の キョーコさん目線からのお話。 いやいや、キョーコさんもとても文章がうまくて、 読みながら、クスッと笑えたり。 そうか、そんな気持ちで先生と対峙されてたんだなぁ と改めて思ったり。 そして、また、現在の愛子先生を見つめる キョーコさんの目線で描かれた今。 娘の気持ち。 切なく、優しく、悲しく、あたたかく。 自分の母のことを思い、また、共感と、 母から与えられていた愛情を思い出して、 胸が締め付けられたり。 読んでよかった。 キョーコさん、素晴らしいエッセイでした。
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