償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 の商品レビュー
償いとは どうあるべきか、そして償いの行方 あるいは末路
当時、Bは死刑にはならなかった。
だが 結局、Bは出所してから、社会によって 最終的に死刑になったんだ、と思った。
いや、Bは 社会によって殺されたのか?
著者は、両方の意味合いで、Bの死を 見つめ、読者に 何かを訴えかけているのだ、と思う。
その...
当時、Bは死刑にはならなかった。
だが 結局、Bは出所してから、社会によって 最終的に死刑になったんだ、と思った。
いや、Bは 社会によって殺されたのか?
著者は、両方の意味合いで、Bの死を 見つめ、読者に 何かを訴えかけているのだ、と思う。
その何かを知りたければ・・・ぜひ、本書を手に取って 読んでみてください。
4月の空
幼少期の家庭環境や母親、父親との関わり方が加害者の思春期以降の人格形成に大きく影響しているのはよくわかったけど特別悲惨とも言い難く、もっと酷い家庭環境の子もいくらでもいると思う。 でも、加害者の心が他の人以上に繊細で傷つきやすくそのトラウマからあんな風になっていったんだとしたら、...
幼少期の家庭環境や母親、父親との関わり方が加害者の思春期以降の人格形成に大きく影響しているのはよくわかったけど特別悲惨とも言い難く、もっと酷い家庭環境の子もいくらでもいると思う。 でも、加害者の心が他の人以上に繊細で傷つきやすくそのトラウマからあんな風になっていったんだとしたら、人間の弱さ脆さが全く関係のない人に向けられる恐ろしさ。 沢山の人達が人生狂わされる。 少年犯罪をどう捉えたらいいのか1つだけの答えはないけど、その一人の加害者にも向き合って目をむけていくのも1つの課題だと思う。 排除して罰を与えるだけでは少年犯罪はなくならないのは確か。 人間、生まれた時から悪い人はいないんだから。
Posted by
「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の加害者と周辺人物のその後を中心に取材をしたドキュメンタリー的な内容。 主なテーマはタイトル通り、殺人など凶悪犯罪における贖罪は可能なのかという問いです。 想像通り答えはなく、難しいという結論ではあるけど、司法や刑務所のあり方や出所後の再犯...
「女子高生コンクリート詰め殺人事件」の加害者と周辺人物のその後を中心に取材をしたドキュメンタリー的な内容。 主なテーマはタイトル通り、殺人など凶悪犯罪における贖罪は可能なのかという問いです。 想像通り答えはなく、難しいという結論ではあるけど、司法や刑務所のあり方や出所後の再犯の問題など、丁寧に考えられているなという印象でした。 本筋とはズレますが、ドラマのような展開や情景描写など、読みやすい文章であるけど、テレビマンらしい感情的で俗っぽい感性で書かれているので、読んでいて無駄が多い印象がありました。 あと著者の自己主張や使命感に偏りを感じます。 とはいえ事件のその後が丁寧に取材されているので、読んで良かったです。 一生をかけて償っていくと言った加害者や加害者家族が、出所後の取材に対して、今の生活が荒れるからそっとしておいてくれというのは、意味がわからない。 やっぱり殺人に対する償いは、更生や謝罪ではとても割に合わないので、生殖器や利き腕を切断するくらいの罰は与えてもいいんじゃないかなと思う。
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
星5を付けて良いのか迷った。 けれど、この事件は忘れてはならない、後世に伝えて同じことを繰り返すまいという気持ちで星5を付けさせてもらった。 私が生まれる前に起こった事件だが、 事件を知ったときの衝撃は今でも忘れない。 この本を読む前から何度かネットでも調べたりしていた。 そんな事件の加害者たちを取材した書籍が出版されたとのことで手に取ってみた。 途中、何度も本を閉じようかと思った。被害者のことを考えると涙が止まらなかった。 去年生まれた娘が同じようなことされたら…? わたしは犯人をどうしてしまうのだろう。 被害者遺族の気持ちも考えると心が痛くて苦しくてページをめくる手が重い。 だが、最後まで読んで良かったと思う。 なぜかと言うと、今までは極悪犯は全員出てくるな!と視野が狭い考えをしていたことが分かったからだ。 社会から、司法から変えていかねば 少年犯罪はなくならない。 同じことを二度と繰り返さないために、 子を持つ親は特に読むべきだと思った一冊。
Posted by
異なる視点で物事を捉え、伝えることの大切さは理解できる。しかし、どうしても扱っている内容が、加害者擁護と見えてしまう感じで複雑。 少年たちは凶悪事件の場合、成年と同じように裁かれ、懲役刑に処されるが、それだけでは更生することは難しく、出所後にまた犯罪を繰り返すケースが多いという...
異なる視点で物事を捉え、伝えることの大切さは理解できる。しかし、どうしても扱っている内容が、加害者擁護と見えてしまう感じで複雑。 少年たちは凶悪事件の場合、成年と同じように裁かれ、懲役刑に処されるが、それだけでは更生することは難しく、出所後にまた犯罪を繰り返すケースが多いという。また、準主犯格Bの場合は、精神的な問題が服役中に適切に対処されず、立ち直りはおろか、人生の後半は精神を病み、部屋に閉じこもる毎日だったという。 若くて未熟だったから、家庭環境が、教育が、周囲の環境が、などさまざまな理由が複合されて、このような凶悪事件につながっているが、そうはいっても、一線を超えてしまうこと、それも今回のケースのように集団で繰り返し超えている事例は悪質極まりなく、正論をかざすのであれば、罪を認め、罪を償って、更生してまっとうな人生を送れ、ということになる。必ずしも、理想どおりになる訳ではなく、少しでも確率を上げるために、問題点を提起して、という趣旨は理解できるが。
Posted by
幼少期の家庭環境は本当に大切なんだと実感した。 Aはは行方不明、Bは生活保護受給の上脳梗塞51歳で死亡、Cは暴力事件再犯、Dは母親と同居引きこもり後病気49歳で死亡。 結局何も更生されていない。 誰1人普通の人生を送って償いをしていない。していないというよりできないのだろうか...
幼少期の家庭環境は本当に大切なんだと実感した。 Aはは行方不明、Bは生活保護受給の上脳梗塞51歳で死亡、Cは暴力事件再犯、Dは母親と同居引きこもり後病気49歳で死亡。 結局何も更生されていない。 誰1人普通の人生を送って償いをしていない。していないというよりできないのだろうか。 確かに悪いことをして、償うのは大事。でもしたくてもできないのも事実なのだろう。 なぜ事件を起こす人間になってしまったのか?そのなぜが根本的に解決できなければ刑務所に入ったって何も変わらない。自分が今子育てをしてる中、愛情、子供と向き合う事の大切さを痛感した。
Posted by
重い内容でした。 途中から同じような内容の繰り返しで、読み終えるまで結構疲れました。 筆者が丁寧に取材して伝えたい事はよく分かりました。
Posted by
凄惨すぎる事件だ。読み終わっても、これまで知っていた事件にまつわる情報をもとに抱いた感情になんの変化も生まれなかった。むしろ、加害者は、なるべくして加害者で、その加害者の生い立ちや親族の心境に微塵も寄り添えず、怒りさえも沸かない。他方で著者の想いや葛藤は伝わるが、それさえも響かな...
凄惨すぎる事件だ。読み終わっても、これまで知っていた事件にまつわる情報をもとに抱いた感情になんの変化も生まれなかった。むしろ、加害者は、なるべくして加害者で、その加害者の生い立ちや親族の心境に微塵も寄り添えず、怒りさえも沸かない。他方で著者の想いや葛藤は伝わるが、それさえも響かない。それはやはり、失ったものは二度と取り戻せないという当たり前のことが、どこかにあるからじゃないかと思ってる。
Posted by
日経テレコンで取り上げられていて購入。 1981年に東京都足立区で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件について、加害者らのその後が書かれている。 私自身、平野啓一郎の『ある男』や東野圭吾の『手紙』などの加害者家族の小説を読んだことをきっかけに加害者家族や犯罪心理にとても興味が...
日経テレコンで取り上げられていて購入。 1981年に東京都足立区で起きた女子高生コンクリート詰め殺人事件について、加害者らのその後が書かれている。 私自身、平野啓一郎の『ある男』や東野圭吾の『手紙』などの加害者家族の小説を読んだことをきっかけに加害者家族や犯罪心理にとても興味がある。 そのため、ディレクターという被害者でも加害者でもない第三者視点で描かれているこのルポはとても勉強になった。 また、事件の詳細についてもよく知らなかったので理解が深まった。 「法的には自由になったはずの元受刑者や家族は、その後も社会から罰を受け続けるいるようだ。見えない制裁に怯えながら生きていかねばならない。」 この文章が特に印象に残った。 私自身、加害者家族の心理に迫った書籍を読んできたからこそ、加害者家族側の気持ちに共感できる部分があると思っている。 また、私が読んだ小説では、加害者の子どもや兄弟だった。 ただ、これが加害者の両親となるとまた自身の考えや見え方が変わってくるのだろうとも感じた。 真実を追うということも重要な行為だとは思うが、それが人を救うのか、善なのかは永遠に決めることができない問いだろう。
Posted by
償う、とは何なのか。被害者やその家族に泣いて詫び、反省の弁を述べ、亡くなった被害者を死ぬまで弔うことなのか。それは表面的にもできることであり、本当の償いとは言えないかもしれない。被害者や被害者家族はどうすれば、少しでも傷が癒やされるのか。そのような償いの曖昧な定義の中で、二度と...
償う、とは何なのか。被害者やその家族に泣いて詫び、反省の弁を述べ、亡くなった被害者を死ぬまで弔うことなのか。それは表面的にもできることであり、本当の償いとは言えないかもしれない。被害者や被害者家族はどうすれば、少しでも傷が癒やされるのか。そのような償いの曖昧な定義の中で、二度と同じような加害を起こさないこと、同じような被害者を生まないことは、確かに償いのひとつである、と言えるかもしれない。 被害者や家族が、加害者の背景を理解する必要はないと思うが、第三者がその加害が生まれた背景や社会構造を理解する必要はあると思う。犯罪や再犯に対する社会の影響はやはり強い。第三者が被害者に共感し、加害者を許せないと思う気持ちは仕方ない。しかし、第三者が加害者をバッシングし、居場所を奪っていくことで再犯が生まれてしまう。犯罪を生まないために、自分たちには何ができるか、考えたほうが良いのではないかと思う。
Posted by
