これがそうなのか の商品レビュー
意味のわからないもの、不条理なもの そういうものに溢れたこの世界を適切に保存する ワンダという不条理に溢れた古い映画を思い出した 素晴らしい本だと思う
Posted by
もはや“永井玲衣さんの著作だから”という信頼だけで手に取るので、内容をまったく把握しないまま読んだら、ことばについてのエッセイだった。 第一部「問いはかくれている」では、近ごろ耳にするようになった「あーね」「めしテロ」「口になった」「ラン活」「普通に」等の新語や、使い古された「よ...
もはや“永井玲衣さんの著作だから”という信頼だけで手に取るので、内容をまったく把握しないまま読んだら、ことばについてのエッセイだった。 第一部「問いはかくれている」では、近ごろ耳にするようになった「あーね」「めしテロ」「口になった」「ラン活」「普通に」等の新語や、使い古された「よろしくお願いいたします」「圧倒的」「にわかファン」「はいチーズ」といった定型句について、独自の着眼点で考察をおこなっている。 ことばを考えることの底無しの面白さを再発見できた。 第二部「これがそうなのか」という章題は、著者がフィクションではない現実の事象をまのあたりにし、開眼していく際に呟かれてきた台詞でもある。 進研ゼミで見たやつだ!みたいなリアクションが愉快で微笑ましく、しかし世界とひとつひとつ対峙していく様子は赤子のようでもある。 〈初めに本があった。〉という一文は、ヨハネによる福音書さながら、本に育てられた者たちが己の自分史を綴るとしたら完璧な一行目になり得ると思った。 著者は最後に、精神障害等をかかえた当事者の地域活動拠点「浦河べてるの家」を訪問したときにエピソードを交えながら、『水中の哲学者たち』で「他者がこわい」と述べていたことを補足し〈「あなたは脅威ではない」と応えるところからはじめたいのだと思う〉という解にたどりつく。 〈傷つきやすい身体をもったひとびとが共に座っている。居心地悪く、緊張感がただよっている。だが、座っている。そのことの可能性を思う。〉 〈他者とともに座るとき、本を読むとき、また文章を生み出そうと原稿を書きつけるとき、他者に問われるとき、わたしはあなたと出会っている。他者は可能性である。広々とうつくしく、はりつめた可能性なのだ。〉 連れていってもらったそこで、眼下に広がる景色を目にしたような、なんだか泣きたくなるような清々しさがあった。 すぐに本の世界に逃げ込みたくなる私の服の裾をしかとつかんで留めてくれているような、確かさを感じられたのだ。
Posted by
永井さんの話や文章が好きなので、こちらも読んだ。 言葉にすること、問を立てること。 言葉とは。問とは。
Posted by
第2部「これがそうなのか」に結構ガツンとやられる話が多かった。 永井さんの話はいつも、普段当たり前だと思っているような事を根底から考え直させられるような体験をさせてもらえる。
Posted by
永井さんの頭の中を完璧に理解するにはまだまだ未熟だ。脆くはかない文章で淡々と提示してくるこれがそうなのか、と。ごくごくシンプルだけどたくさん考える人なのかな。ブルーの表紙の本も読んでみたいかも
Posted by
読書というより、脳みそを眺めているに近い感覚。 エッセイでもなく新書でもない。 永井玲衣さんは哲学者であるけど、小難しい論文を書いている訳でもなく、そう思いました日記でもない。 でも、確かにふと私達も色んな事を思いふけり脳みその中の宇宙に飛び込んだりするような事を 取りこぼさず文...
読書というより、脳みそを眺めているに近い感覚。 エッセイでもなく新書でもない。 永井玲衣さんは哲学者であるけど、小難しい論文を書いている訳でもなく、そう思いました日記でもない。 でも、確かにふと私達も色んな事を思いふけり脳みその中の宇宙に飛び込んだりするような事を 取りこぼさず文章にしてくれている。 そしてくすっと笑える。取るにたらない言葉の事をはたと立ち止り改めて何故と思う時、それは「問い」だと言うけれどよくよく突き詰めて考えても面白い、これも一種の哲学なのかと身近に感じる道筋もできている。目次の「普通に」から「圧倒的に」が楽しく読めた。後半は戦争についての思い巡りもあり それを読むのは読書というより、本文と私が対話してる感覚にも似ている気がする。 他にはない読み応えのある1冊
Posted by
- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
永井玲衣の独特な語り口が好きだ。 それはどこが過去に出会った親しかった女性に似ている。哲学対話にも興味があるので読んでいる。読んで新しいことを知るというよりは、なんかそんなことも考えたことあるなぁとか、そんなこと考えたことなかったなぁと、親しい人と何気ない会話をしているようなそんな感覚になる。 読み終わってこれといった学びはないけど、日常の出来事の新しい切り口というか、着眼点を得られるような感覚がある。 印象的だったところは、ハンセン病の被害者のうた。 会いに来てください明かりがきえるから 辻村みつ子 どうぶつ会議のラストシーン。ケストナー自身の姿。周りに馬鹿にされながらも試み続ける、あえなく失敗したとしても、またすぐにはじめようとする、それが作家の仕事なのだと。 そして最後のおれたちがこわいか? 10歳になる頃、アメリカ同時多発テロ事件、20歳になる頃東日本大震災、30歳になる頃、新型コロナウイルスが世界を覆った。わたしはそういう時代を生きた。 他者は脅威だか、なくてはならない。自分だけの世界に引きこもっていても何も始まらない。生まれて生きてるのになぜ死ぬのか。この宇宙はなぜこうも広いのにいま自分はここにいるのか。 問いが止まらない生き方をしていくこと。自分という他者とともに。 目的はないとダメなのか?そんなことはない。答えもないけど、問うこと。それをシェアすること。語り合うことを大切にしていきたい。ただ、あんまり語り合える人いないんだよなぁ…
Posted by
本や言葉を通じて世界との繋がりを築いてきた著者が、社会に出て他者と出会い、「これがそうなのか」と開眼する瞬間が描かれる。 しかし、その出会いは単なる確認作業ではない。 何度も繰り返される「世界の奥行き」という言葉に象徴されるように、平面だった世界が立体として立ち現れたとき、その深...
本や言葉を通じて世界との繋がりを築いてきた著者が、社会に出て他者と出会い、「これがそうなのか」と開眼する瞬間が描かれる。 しかし、その出会いは単なる確認作業ではない。 何度も繰り返される「世界の奥行き」という言葉に象徴されるように、平面だった世界が立体として立ち現れたとき、その深淵さに圧倒される。 子育てをしている人が口をそろえて「大変とは聞いていたが、ここまでとは聞いていなかった……」とやつれた表情で語る姿。まさに「これがそうなのか」という瞬間である。 「現実をそのまま肯定しないように注意深くあることは、繊細な集中力を要する」という一節は言い得て妙だ。白にも寄らず、黒にも寄らない、平均台を渡るような絶妙なバランスで思考を進めていく。何も解決されないまま結末へと向かう読書体験が得られる、著者の真骨頂が詰まった一冊だ。 個人的には、ケアの倫理に関心があったため、そのテーマに触れられていたことがとりわけ印象に残った。深掘りするきっかけにしていきたい。
Posted by
ただひたすらに言葉を追いかける。捕まえられそうで捕まえなれない。むずかしい。ピンと来たと思っても次の瞬間にスルッと何処かに逃げていく。むずかしい。だから明日も言葉を考える。
Posted by
最後まで、こういうことかと膝を打つような思いは得られなかったというよりそもそもそういう本ではなかったんだな。 この世には、夥しく無数の言葉があって、確かに、そういうことかとハッとくるような体験は数多くしてきたし、問いの答えに思えたその言葉が、まだその裏にというか、違う言葉を隠して...
最後まで、こういうことかと膝を打つような思いは得られなかったというよりそもそもそういう本ではなかったんだな。 この世には、夥しく無数の言葉があって、確かに、そういうことかとハッとくるような体験は数多くしてきたし、問いの答えに思えたその言葉が、まだその裏にというか、違う言葉を隠しているというようなことも多くある。 ではさて、この著者は、これを書き世に出すことで、何を示したかったのだろうというその答えは、一読では見つけられなかった…
Posted by
