無機的な恋人たち の商品レビュー
前作の動物性愛者、今作のラブドールなどを愛する人たちのルポタージュ。人それぞれとしか私には言えなかった。驚いたのは自分がラブドールに変身するサービス。希望する人が多いことにもびっくりした。 確かに裏切られることはないから傷つかなくていい、その気持ちを求めたくなるのはわかるな…
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そもそも愛とはなんなのか、セックスとはなんなのかという問いに対して、私たちはもっと自由でいて良いのかもしれないということを考えるきっかけをくれる本。
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ドキュメンタリーの醍醐味は、自分では聞けない見ることのできない人々の想いや感情の一端に触れること、世界を理解するきっかけになることだと考えている。本作も、「聖なるズー」に続き、性愛について、命がない、つまりは無機的な存在を深く愛す者たちのリアルな声を集めた貴重な論文である。特に印...
ドキュメンタリーの醍醐味は、自分では聞けない見ることのできない人々の想いや感情の一端に触れること、世界を理解するきっかけになることだと考えている。本作も、「聖なるズー」に続き、性愛について、命がない、つまりは無機的な存在を深く愛す者たちのリアルな声を集めた貴重な論文である。特に印象に残ったのは人間ラブドール製造所でのサービス。人間が無機的なものになる、その後葬られ、また人間に戻る儀式を通して顧客は生まれ変われる、生きるための活力が与えられるのだと思う。愛する、という行為、感情、形とは何かを考えるきっかけになる重要な作品と思う。様々な人たちに読んで頂きたい作品だ。
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人間と人形との性愛は成立するか、ということへの考察というよりは、人間にとって性愛とはなんなのか、という問いを立ち上げるまでの足がかりとなる書だと感じた。 それにしても、この方は本当に調査対象者の姿を記述するのに長けているな、と感心してしまう。自分の中にある意見や思想的立場を限界...
人間と人形との性愛は成立するか、ということへの考察というよりは、人間にとって性愛とはなんなのか、という問いを立ち上げるまでの足がかりとなる書だと感じた。 それにしても、この方は本当に調査対象者の姿を記述するのに長けているな、と感心してしまう。自分の中にある意見や思想的立場を限界まで排して、できるだけ「そのまま」の彼らを記述している。そう、「描いている」のではなく「記述している」。始めに登場したデイブキャットは、おそらく私が読んだ他の書籍の中にも登場していたのだけれど、受ける印象がだいぶ変わったような気がする。その以前読んだ書籍の中では、彼はとにかくクレイジーで、(人形を愛する自分への)ナルシズムに満ちていて、サディスティックで…なんというか、彼のことを忌避するように、それはすなわち「人形性愛者」を弾圧する方向へと読者を誘導するように、著者が彼のことを描いているように思えたのだ(それは無意識下に働いた何かによるものかもしれないし、著者ではなく訳者の思惑だったのかもしれないが)。 ただ、本作を読んでみたらどうだろう。彼は彼なりの信念とパーソナリティに基づいて、ただ生きている。ただ人形を愛している。その事実が浮かび上がり、読者の前にぽとりと落とされる。さて、あなたはどんな印象を受け、どんなことを思いますか?と。 著者の前作「聖なるズー」も読了しているが、この方の根底にあるのは「セックス」とは、「愛」とは、「対等な関係性」とは、ということなのだなと感じる。が、まだまだ道のりは長い。なぜならそれは、何が搾取で、何が暴力で、何が不均衡かを考え暴くことを必要とするからだ。おそらく、本作でも著者の問いの答えには辿り着いていないし、我々も早急に問いの答えを求めるべきではないだろう。そのことに気づき、少なくない勇気を振り絞ってインタビューに応じた彼らに思いを馳せることが、まず我々にできることではないだろうか。
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国内外の等身大人形と暮らす人々に取材しながら愛とは何か、性とは何か、パートナーとは何かを問う。 ドールを生きた人間のように見なす「ドールの夫」たちと、フェティッシュ的にドールを所有する「オーナー」の違いが興味深い。ドールメーカーは基本的に修理を受け付けていない。だからメンテナン...
国内外の等身大人形と暮らす人々に取材しながら愛とは何か、性とは何か、パートナーとは何かを問う。 ドールを生きた人間のように見なす「ドールの夫」たちと、フェティッシュ的にドールを所有する「オーナー」の違いが興味深い。ドールメーカーは基本的に修理を受け付けていない。だからメンテナンスは自分でするしかない。それには高度な技術が要る。時間もかかる。「夫」が愛はあってもメンテはできないのに対し、「オーナー」は物体として扱うがゆえに綺麗にメンテできる対比が面白かった。 等身大人形と暮らす人々は現実や社会から逃げているとか、現実の女性に相手にされない負け犬と思われがち。だが実際には違う。彼らは生身の女性との交際経験があったり、交友関係があったり、社会とつながっている。メーカー曰く、顧客は負け犬とは言えないような経済的に豊かな層であるという。この中国のドールメーカーの話は裏話的でかなり面白い。女性向けはまだ開発途上とか。日本のオリエント工業は廃業したと思っていたが本書を読んで事業継承が行われていたのを知った。 等身大人形と暮らす人々への偏見は、世の中が異性間の性愛を神聖視しすぎているせいではないかと著者は見る。性愛を抜きにすれば、人間より動物や人形が好きな人のことをバグであるとか逃避行動であるとは言わないのではないか。 「性愛の特別視、神秘視から離れてしまえば、人間以外の存在と濃密に関わる人々への理解が一気に進む。彼らは人間社会や人間から逃げているわけではなく、人間ではない存在とも共存する人々なのだ」
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