昭和20年8月15日 の商品レビュー
『#昭和20年8月15日 文化人たちは玉音放送をどう聞いたか』 ほぼ日書評 Day928 タイトル通りの本。 おひとりあたり1-2頁で、終戦当時既に大スターや相応の地位におられた方から、当時は駆け出しで、その後名をなした方、さらにはまだ子どもだった方まで、多数の著名人が、8...
『#昭和20年8月15日 文化人たちは玉音放送をどう聞いたか』 ほぼ日書評 Day928 タイトル通りの本。 おひとりあたり1-2頁で、終戦当時既に大スターや相応の地位におられた方から、当時は駆け出しで、その後名をなした方、さらにはまだ子どもだった方まで、多数の著名人が、80年前のあの日をいかに過ごしたか?…を、日記や回想録、対談等から丹念に拾ったもの。 太宰、川端、三島といったあたりから始まり、映画人や演劇・歌舞伎からは長谷川一夫や阪妻、先々代あたりの團十郎やら菊五郎やら、歌い手も笠置シヅ子や淡谷のり子など、錚々たる顔ぶれだ。 そうした面々の中でも(とあるブクログ書評からの情報だが)ご存命の方が8名のみだそうで、80年という年月の長さを実感する。 さて、その中身としては、その日をどのように過ごしたか? あるいは「玉音放送」をどう聞いたのか? について、何ということはなかった、雑音ばかりでよく聞こえなかった…といった内容が多い。 たしかに、事前録音されたレコード(玉音はライブではなく録音だったのは有名だが)を当時のラジオで流したわけで、実際によく聞こえないこともあったのだろうが、一方で、超突発的にもたらされた喪失感を、そうした物言いで紛らわせる…そうせざるを得なかったのでは、などと裏読みしてしまう現代人がいる。 当時それなりの大人だったが、後年の活躍もリアルタイムで知っている人(つまりお元気でご長寿だった方)の代表格である、森光子さんの「皆さん、1億火の玉とか言って、15の守りを固めることに粉骨砕身取り組んでおられましたが、心の中では平和を願っていたと思います。私も正直なところ、ほっとしました。なにしろ街を歩いていても、男の人と言えば、おじいさんか子供しかいないのですから。あとはもう女ばかり、その心細さと言ったらありません」といった感覚がいちばんしっくり来るように感じた。 https://amzn.to/4ny1Ar8
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本書のあとがきに「先に書かれた続編」と言及された『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』を読んだのは今から13年前か。ある一日、だけど特別な一日に着目して、その時、同じ時間の中にいた人々が何を感じたか、を資料を駆使して多面的に描き出す、という手法は非常に新鮮で...
本書のあとがきに「先に書かれた続編」と言及された『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』を読んだのは今から13年前か。ある一日、だけど特別な一日に着目して、その時、同じ時間の中にいた人々が何を感じたか、を資料を駆使して多面的に描き出す、という手法は非常に新鮮で中川右介というライターに着目したきっかけでもありました。時を超え「後から書かれた本編」としての本書でもその方法論は一貫しています。今回の一日は昭和天皇の肉声がラジオで流れた日、です。戦後80年というタイミングが本書が生まれたきっかけなのでしょう。半藤一利『日本のいちばん長い日』が描くのは玉音放送の内側の葛藤だとしたら、本書ではは放送の届く先の茫然が描かれています。「いちばん長い日」ではなく「いちばん昨日と明日が切り離された日」かもしれません。しかし本書は前著に比べて、自分の知っている敗戦物語の範疇に入ってました。なぜだろう?考えたのは昭和45年11月25日は自分も生を受けていてその瞬間の異常な空気をなんとなく感じていたのに対して、昭和20年8月15日の空気は自分の時間と切り離された初めから物語化されたものだったから…しかし、自分の仮説が正しいとするとそれは、時代の中にそのモーメントの衝撃を身体と精神で受け止めた人がいなくなったらどうなるのだろう、という恐怖と裏腹でもあると思いました。実際、本書に登場する人物で存命なのは、135名(たぶん)の登場人物の中で加山雄三、岡田茉莉子、岸惠子、わたなべまさこ、ちばてつや、五木寛之、筒井康隆、黒柳徹子の8名だけ。これが0名になる時、そして社会全体でも戦争の記憶を持つ人がいなくなる時、8月15日は体感のない物語になるのかも、という焦燥感を持ちました。この夏、敗戦読書のひとまずの句読点。
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終戦の日に合わせて読み終えるつもりだったが、思いの外のボリュームに月を跨いでしまった。 知識として、玉音放送は視聴率100%みたいのがあって、信じていたけれども、いやはやそんなこともないんじゃん、というのがまずの感想。 そして聴いていた人たちも、必ずしもよく聞こえた!というこ...
終戦の日に合わせて読み終えるつもりだったが、思いの外のボリュームに月を跨いでしまった。 知識として、玉音放送は視聴率100%みたいのがあって、信じていたけれども、いやはやそんなこともないんじゃん、というのがまずの感想。 そして聴いていた人たちも、必ずしもよく聞こえた!ということではない事実。これは新たな発見だったな。 同時に、事前に敗戦を知っていたというパターンも結構あり、玉音放送の真実をみたような。
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本人によって(後に)書かれたものを中心に、それぞれの8月15日を描く。後から書かれたものだと意外に記憶違い(や故意でない修正)もあるかもしれないが、一つの歴史として参考になる。意外に茫然自失的な記述が多いようだ。あと「天皇の声」に関する記述。 個人的にはここには取られていないが山...
本人によって(後に)書かれたものを中心に、それぞれの8月15日を描く。後から書かれたものだと意外に記憶違い(や故意でない修正)もあるかもしれないが、一つの歴史として参考になる。意外に茫然自失的な記述が多いようだ。あと「天皇の声」に関する記述。 個人的にはここには取られていないが山田風太郎の日記が一番正直に書かれているように感じられる。
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アジア•太平洋戦争は1945年8月15日に終わった。この終わりは天皇陛下が国民にポツダム宣言受諾を伝えた玉音放送により、全国民へと伝えられる。実際は放送内容も事前に録音されたものであるから、8月15日はそれを聴いた国民にとっての敗戦であり、戦況からすれば広島•長崎に新型爆弾(原爆...
アジア•太平洋戦争は1945年8月15日に終わった。この終わりは天皇陛下が国民にポツダム宣言受諾を伝えた玉音放送により、全国民へと伝えられる。実際は放送内容も事前に録音されたものであるから、8月15日はそれを聴いた国民にとっての敗戦であり、戦況からすれば広島•長崎に新型爆弾(原爆)が投下される以前、遡れば日本の敗戦に向かう転機となる戦いは、それよりもずっと以前にあった。極端な事を言えば、国力10倍差と言われたアメリカとの戦争開始を決めた頃には日本の命運は決まっていたのかもしれない。国民にとっての敗戦は家族や身近な人の死により、負けを感じ取った時期は様々なものになるだろう。 本書はその様な8月15日の玉音放送を聴いた、各界の著名人達の言葉を集めた内容となっている。その受け止め方は人それぞれであり、大きくは2つに分かれる。一つは戦争が終わってホッとしたという安堵感。もう一つは負けた事による悔しさや悲しさ。前者は空襲に怯えたり、戦地で絶望的な戦いに身を投じていた兵士たちに多く、後者は日本が天皇を中心とする神の国であり、どの様な戦局になろうが神風が吹き荒れ、日本を勝利に導くと言った考えを持つ、軍人や所謂軍国主義に浸っていた国民である。だが本書を読めば、安堵感と悲しさがない混ぜになった複雑な感情を抱いた国民が多かった様に思える。それは両極端な考え方がいっぺんに現れた為に、双方の感情が互いに打ち消し合った後に残る「虚無感」。多くの国民は玉音放送を聴きながら、「昨日までの空襲がなんだったんだろう」「戦地で亡くなった親兄弟は何のために死んだんだろう」、工場では「自分たちの作っている戦闘機や武器は(戦わずして負けるとは)なんだったんだろう」、こうした「なんとも言えない空虚な感覚」に陥ってしまったのではないか。 本書には太平洋戦争を生き延び、戦後に於いて様々な主義主張を表明した多くの著名人が登場する。女優杉村春子は単純に「助かった」という感覚を抱きながらも、戦後もそれがショッキングな出来事として記憶する。それまでの苦しい戦時下を思い出し、玉音放送により突然訪れる苦しみの終わり。そして徳川夢声はラジオから流れる天皇の肉声に、あまりの神々しさを感じ涙する。多くの国民にとって天皇の肉声を聴く機会などなく、その存在さえ人間を超越した神であると信じられていた時代。その見えない神がまるで神社の奥から語りかける音(玉音)。但しそれは日米の技術的な差を表すかの様に、雑音混じりで聴き取れない。映画監督になる15歳の深作欣二は、それまで軍人や政治家達が言ってきた勝利が全て嘘っぱちであると感じる。そして夏の日差しの照りつける茹だる暑さの中で、ただうんざりと放送を聴く。そして深作はそのの、東映で人が死ぬ映画ばかりを撮り続ける。 その一方でまた一つ違う感情を持つ人々もいた。それは戦争に反対して弾圧されてきた人々だ。漫画家の白土三平は特高に捕まり虐殺された小林多喜二と親交のある家庭で育ち、左翼思想の父親も特高に拷問されている。社会から孤立していた三平が抱いたのは、普通なら喜びであるのだが、自立しなければならないという、未来への信念。ノーベル文学賞を受賞した大江健三郎は玉音放送で天皇が国民全員に死ねと命令すれば、自身も死んでいただろうと振り返る。歳が届かず兵士になって天皇のために戦えないというもどかしさと、死にたくないという生物が持つ生身の感情の間で苦しんだ状況からの脱出。喜びとも悲しみとも安堵とも解らない、複雑な感情は最早言葉には表すことなど不可能である。 様々な感情が入り乱れた8月15日。今殆ど戦前戦中生まれが鬼籍に入り、それを経験した人は少なくなってしまった。何より日米が戦ったことさえ歴史の中の話で現実感が無い若者ばかり、斯くいう私ですら書籍や映像から得た程度の知識しか持ち合わせていない。戦争に対する直接の感情を持たない世代が迎える8月15日。それを体験した多くの著名人の言葉は、戦争が如何なるものか、戦争により失われた多くの事を我々に教えてくれる。改めて崇高なる平和の意義と、日本という国のこれからのカタチを考える機会として8月15日を迎えたい。
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