心が共有しているもの の商品レビュー
ギリガンさんの「ケア」の話が倫理学に与えたインパクトはわかるんだけど、それ以前の倫理学っていったいなんだったんだ、という感じもあって、藁人形じゃないのかなあ。でもまあそういう感じだったのか。そこらへんが私の世代ですらわかりにくい。
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アネット・バイアー著『心が共有しているもの』は、1995年のアメリカ哲学会東部地区大会での講演を基に構成された、現代道徳哲学における重要な著作です。本書は理性、意図、道徳的信念、正義、女性の道徳理論、そして信頼という哲学の根本概念を探求し、従来の個人主義的な哲学的枠組みに対して根...
アネット・バイアー著『心が共有しているもの』は、1995年のアメリカ哲学会東部地区大会での講演を基に構成された、現代道徳哲学における重要な著作です。本書は理性、意図、道徳的信念、正義、女性の道徳理論、そして信頼という哲学の根本概念を探求し、従来の個人主義的な哲学的枠組みに対して根本的な挑戦を提示しています。バイアーの中心的主張は、心や精神的能力が個人に閉じられた「私的財産」ではなく、社会的に共有される「コモンズ(共有財産)」であるというものです。 第I部「心が共有しているもの」では、三つの講演とその補遺を通じて、デカルト的な個人主義的理性観への批判が展開されます。第一講「理性」では、デカルトの「考える自己」を単一で独立した実体とみなす見方を批判し、ロックやスピノザ、シャフツベリー、ヒュームらの思想を参照しながら、理性の社会的・共有された側面の重要性を論証します。第二講「意図」では、ヒュームとカントの道徳理論を比較検討し、人間の意図や道徳的行為が純粋な理性ではなく、共感や同情、そして社会的文脈の中で形成されることを示します。第三講「道徳的信者」では、カントの義務論への批判を通じて、道徳的信者が理性と感情の複雑な相互作用によって形成され、関係性や歴史的文脈の重要性を強調します。 第II部「正義よりもっと多くのものが必要である」と第III部「女たちは道徳理論に何を欲するか」では、ジョン・ロールズの正義論をはじめとする伝統的な道徳理論への体系的批判が行われます。バイアーはキャロル・ギリガンの「ケアの倫理」を重要な理論的基盤として採用し、男性中心的な道徳発達理論(コールバーグなど)が女性の道徳的経験を適切に捉えていないことを指摘します。彼女は、抽象的な権利や規則に基づく「正義の視点」と、関係性や応答性を重視する「ケアの視点」を対比し、真に包括的な道徳理論には両方の視点が不可欠であると主張します。この議論は、ホッブズ、ロック、カントなどの伝統的哲学者による理論が、女性の道徳的関心である関係性、ケア、責任を十分に表現していないという批判につながります。 第IV部「信頼と信頼に背反するもの」では、信頼を人間存在の基本的価値として位置づけ、その多面的な性質を詳細に分析します。バイアーは、信頼が単なる合理的計算ではなく、感情的・関係的要素を含む複雑な現象であることを論証し、親子関係から社会制度まで、様々なレベルでの信頼の形態を検討します。ホッブズの契約に基づく自己中心的な信頼モデルとは異なり、バイアーの信頼観は共有された経験、相互的行動、共有された価値観の複雑な相互作用によって構築されるものとして提示されます。また、「信頼テスト」という分析手法を用いて、信頼の破綻が個人や社会に与える壊滅的影響を実証的に示します。 バイアーの哲学的貢献の核心は、西洋哲学の個人主義的伝統に対する根本的な再考を促すことにあります。彼女は、理性、道徳性、人格が本質的に社会的・関係的性質を持つことを論証し、フェミニスト哲学の視点から既存の道徳理論の限界を明らかにします。本書は、ヒュームの感情主義的道徳論への回帰を通じて、人間の道徳的生活における感情、共感、相互依存の重要性を再評価し、より包括的で人間的な道徳哲学の構築を目指しています。この理論的枠組みは、現代の応用倫理学、ケア理論、フェミニスト哲学に大きな影響を与え続けており、道徳哲学における関係性パラダイムの確立に決定的な役割を果たした記念碑的著作として位置づけられます。
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