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裸のネアンデルタール人 の商品レビュー

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2025/11/30

何万年以上も昔のことを僅かな石器や骨、遺跡から論ずるとき否が応でも今現在のホモサピエンスとしての観点からしか語れないことが哀しいなぁーと思う。だってしょうがないじゃぁない…スタニフワフ·レム御大が仰ったように人間中心主義から外れることなんてとうてい難しい。 そう考えると、彼らネ...

何万年以上も昔のことを僅かな石器や骨、遺跡から論ずるとき否が応でも今現在のホモサピエンスとしての観点からしか語れないことが哀しいなぁーと思う。だってしょうがないじゃぁない…スタニフワフ·レム御大が仰ったように人間中心主義から外れることなんてとうてい難しい。 そう考えると、彼らネアンデルタール人のことは永遠に分からないのかなぁ…識りたいなぁ。 本書でなんとなく分かったことは、彼らの見ている世界と私達ホモサピエンスが見ている世界は違うのだろうということ。彼らの価値概念は流行り廃りや、同質性とは全く無縁だったのではないだろうかということ。 なんとなくそこに郷愁を感じる自分だからこそ、こんなにも彼等ネアンデルタール人のことが知りたいのだろう。

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2025/10/13

ネアンデルタール人の一般的な学説や世間の反応に異議ありという内容。最近の出版で何か新しいネアンデルタール情報あるかなと手に取ったがそんなものはない。 著者やネアンデルタール人の情緒を味わいながら読むべき本。

Posted byブクログ

2025/10/13

かなり辛口。原著は2022年刊、原題は“Néandertal nu”、ありのままのネアンデルタール人。著者リュドヴィック・スリマックはネアンデルタール人の遺跡掘りで30年。なかでも、ロシア北西部、北極線近くのビゾヴァヤ遺跡(31,000-34,000年前)、フランス南東部のマンド...

かなり辛口。原著は2022年刊、原題は“Néandertal nu”、ありのままのネアンデルタール人。著者リュドヴィック・スリマックはネアンデルタール人の遺跡掘りで30年。なかでも、ロシア北西部、北極線近くのビゾヴァヤ遺跡(31,000-34,000年前)、フランス南東部のマンドラン洞窟(42,000年前)の発掘が有名。 ネアンデルタール人はどのような存在であったか。いま、彼らをめぐる議論がかまびすしい。彼らの遺跡にも遺物にも触れたことのない人たちが、勝手な想像と、過度の外挿、拡大解釈、そして現在の自分たちの投影をもとに、あれやこれやいろんなことを言う。困ったもんだ。この30年に限ってみても、ネアンデルタール人のイメージは、はるかにネガティブなものからポジティブなものへと大きく変わった。その振り子の極端なまでの振れ具合もまた、嘆息もんだ。 というのが第1章。第2章では、北極圏まで進出したネアンデルタール人について、第3章から第5章ではそれぞれ、狩りや食生活、儀礼、芸術と美意識について論じてゆく。読みどころは、ネアンデルタール人の寒冷地適応についての議論(スリマックは、寒さに慣れれば、北極圏でも裸足で大丈夫だというのだが、ほんまかいな)。 著者のスリマック、ご尊顔を拝すると、顔の半分が髭、どこかしら隠者を思わせる。古老かと思っていたら、意外にも1972年生まれだった。現在の所属はトゥールーズ第3大学。

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2025/10/08

まず、「一般人が知らないネアンデルタール人の真実!」みたいな本ではない。考古学・科学的に未解明であることを、それらが未解明であることを考古学的に明言しつつ、著者自身の解釈を各所に散らしていく本である。その解釈の過程で、「ネアンデルタール人と現生人類の差異」という視点を主に現生人類...

まず、「一般人が知らないネアンデルタール人の真実!」みたいな本ではない。考古学・科学的に未解明であることを、それらが未解明であることを考古学的に明言しつつ、著者自身の解釈を各所に散らしていく本である。その解釈の過程で、「ネアンデルタール人と現生人類の差異」という視点を主に現生人類に対する内省的な視点が含まれる。副題はこの部分を指していそう。 書かれていることは基本的に一貫していて、「ネアンデルタール人に現生人類のフレームをあてて考えるべきではない」ということ。それを、象徴性であったり、芸術性と機能性の問題であったり、カニバリズムと儀礼の問題であったり、様々な切り口から言っている。彼自身の発掘体験を交えつつ。 基本的に玉虫色の話を続けているので読みづらくはあるが、恐らく「先入観を取り払い、ネアンデルタール人について考古学的に解明できる領域を見る」という視点では誠実なのだと思う。 終盤(第6章近辺)で少し空気感がかわる。読んでいると、彼はネアンデルタール人に現生人類の枠組みを当てはめることに強い忌避感を覚えると同時に、ネアンデルタール人にかなり強い独自の「人類性」を求めているように見える。この点については、科学的には玉虫色である事象について、やたら現生人類における人類性を「正」とし、自分たちに理解しやすい構造に当てはめようとする世間・学会への抵抗はあるのだろう。同時に、彼自身が現生人類と異なる「人間性」にかなりロマンを感じていることも読み取れる。 ただ、彼自身、かつての白人中心主義の反省から(インディアンのアメリカ化に言及しているように)、過度に現生人類・ネアンデルタール人間に差異を求めようとしている気配もある。これは先述した世相への反発もあるのだろうが、それに加えて彼自身の異文化に対するオリエンタリズムも多分に含まれていると思われる。日本文化やマオリ文化の例えも出てきたように。 そもそも、現生人類の強みとして技術的・物質的優位を述べ、対してネアンデルタール人には精神世界の優位を見出す構造そのものが、ある種オリエンタリズムのテンプレートとも言える。『私たちの社会の自己中心的な作品をはるかに超越し、一種の普遍的な美に到達』という言及をはじめ、長きにわたり近似した文明を維持したネアンデルタール人の「無為自然」的生き方に普遍性を見出し、魅せられているのだと思う。これは「差異を認められない現生人類」への厭世観と対置できるのだろう。 実際、未解明な点が多い中で、安直にネアンデルタール人の在り方を現生人類に引き寄せて考えることは不適切であろう。また、現生人類とネアンデルタール人の接触の明確化と、彼らの絶滅との関係についての示唆も意義あるものだと思う。 未解明領域について語られる本の場合、著者自身のひとつの考え方を提示することが主題となる。そういう意味では役割を果たした本だと思う。言ってしまえば本書全体が、「現生人類とネアンデルタール人を近似させる視点への反論本」だった。 このテーマを伝えるぶんには、もう少し短くても足りる気もするけど。

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2025/10/01

 ネアンデルタール人が、ずっと気になっていて、定期的に関連書を追いかけて読書しています。 本書は、ネアンデルタール人を、なぜ滅んだのか?美意識はあったのか?その精神構造とは?といった点から解き明かしていく内容で、赤道直下から北極圏まで、30年にわたって洞窟の地面を掘り続けたフラン...

 ネアンデルタール人が、ずっと気になっていて、定期的に関連書を追いかけて読書しています。 本書は、ネアンデルタール人を、なぜ滅んだのか?美意識はあったのか?その精神構造とは?といった点から解き明かしていく内容で、赤道直下から北極圏まで、30年にわたって洞窟の地面を掘り続けたフランスの考古学者の考察が書かれています。  ネアンデルタール人は約40万年前に存在していて、約4万年前に絶滅しました。 本書では詳しく書かれていなかったと思いますが、サピエンスと交雑したということや、サピエンスとイヌがネアンデルタール人を絶滅させたという説や、彼らの遺伝子をマウスに導入するネアンデルタロイド製作プロジェクトについてなども、私は読んできました。  どれも興味深い話で、面白かったのですが、そういった考え方自体が、著者によるとネアンデルタール人物語の消費のようなものである、と本書でいさめています。  現場のネアンデルタール人調査は、かなり気の遠くなるシビアなもので、著者も一年間に2センチ洞窟を掘ってやっとこさ成果があったりなかったりで、かれこれ30年間調査続けてきたと書かれています。 さらにその洞窟も昔誰かが荒らした後だったりで、時代同定がしにくかったりする現状だそうです。  なので現場の探究者にとっては、物語だけが先行してめちゃくちゃな現状に対して苦言を呈するようなところがありました。  他にも、北極圏、ロシア連邦コミ共和国での調査の話や、カニバリズムについて、儀礼や象徴がネアンデルタール人にあったのか、絶滅理由が気候変動のためか?などについての考察は、興味深かったです。  結局、ネアンデルタール人を考察するということは、我々サピエンスを考えることに直面するのです。  著者は、こう書いています。(長い引用ですいません…。) 「それでも、私はネアンデルタール人について想像してしまいます。我々と似て非なる存在、何が違ったのだろう?考えるとキリがありません。ネアンデルタール人はサピエンスの代用品ではない。しかも両者は異なるだけでもないようだ。ネアンデルタール人は精神面の多くで、集団や個人の区別を求めるサピエンスの自我から本質的に解放された、尽きることのない完全なる独創性によって、サピエンスの上に立っていたに違いない。この意味で比較すると、私たちサピエンス集団の創造性は、非常に表面的で人工的である。創造性の分野では、サピエンスはきっとネアンデルタール人の足元にも及ばず、この観点から見ると、私たちの祖先の知性は明らかに劣っているだろうと言ってもよい。だが、世界の物質的合理化という点では、おそらくネアンデルタール人は、サピエンスに一歩譲ることになる。」  どうやら、ネアンデルタール人は、独創性がサピエンスより上であったみたいです。そして我々は劣っていたとのこと。 そして、劣っていたが故に、サピエンスはネアンデルタールより生き残ったのかなとか考え出す・・・けど、これもまた物語消費になってしまうんですよね。  うーん、ネアンデルタール人問題難しい。もっと証拠が欲しいと思いました。

Posted byブクログ

2025/06/12

ネアンデルタール人の骨、遺跡は限られており、そこから彼らの文化考えを読み取ることはかなり難しい。 原始的なホモサピエンスに近く、文化が花開いていたと考えたいのはわかるがそれは願望の反映でしかなく、実証に乏しいという見方。ちゃんと史料を分析して、曇りのない目で見てから言えということ...

ネアンデルタール人の骨、遺跡は限られており、そこから彼らの文化考えを読み取ることはかなり難しい。 原始的なホモサピエンスに近く、文化が花開いていたと考えたいのはわかるがそれは願望の反映でしかなく、実証に乏しいという見方。ちゃんと史料を分析して、曇りのない目で見てから言えということ。

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