女の氏名誕生 の商品レビュー
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おんな名前は「くま、はつ」などの2音節に「お」の字がついたものが大半、「すえ・とめ」は願掛けの意味で「もう子供は要らない、とめ、この子で、すえ」という意味を持つ、「あぐり」というのは女の子続きで次こそ後継ぎという、よくある名前なんだとかの蘊蓄 江戸時代の女性には苗字はつかない、公式書類(宗門人別帳等)も苗字+名で記録されるのは男のみ 例⇨男:渡辺儀助 倅渡辺定助、女:渡辺儀助 娘たき 理由は「苗字の本質が家名」であり「血=姓で家を継ぐ」 男は家を背負うので苗字+名がデフォ、女は個人識別が「個人名」で完結し「〇〇娘(妻・母)」で用が足りる この社会常識を踏まえて明治の「全国民氏名(苗字+名前)制度」がスタートした 「明治3年9月19日:自今平民苗字被差許候事」 明治4年4月4日戸籍法(壬申戸籍)は記録がバラバラ、戸主のみ苗字又は男のみ苗字、女に苗字を付けたケースでは生家(嫁ぐ前の家)の苗字がひとつの戸籍に・・・ 伊藤博文は明治7年8月20日に三条実美に疑義を申し立てる「一般婦女姓氏ヲ冒シ候義ニ付伺」①養女は養家の姓氏②妻は実家の姓氏 ⇦争点(家を嗣がない、配偶) ③女戸主は亡夫の姓氏、伊藤の質問に9月4日回答で②について「本邦に於いて中古以来、人の妻タルもの、本生(実家)の姓氏を称する習慣有之候得共(誤解を含む)現今の御制度に於て、妻は夫の身分に従ひ、貴賤すへき者に付、夫の姓氏を用る儀と可相心得候事」と一家同姓の処理方針を定めようとしたのだが廃案とばる ②妻は所生の姓氏を用ゆ(古代からの事実に基づく) だが明治8年2月13日「自今必苗字相唱可申」徴兵実務で苗字なしを咎める布告から3か月、5月9日石川県から再び問い合わせ、11月9日大久保利通は「婦女他家に婚嫁せし后姓氏称へ方義伺」で結婚後生涯実家苗字を称すべきか?妻は夫の身分に従属なのだから夫の苗字では?と一家同姓を目指したのだが・・・明治9年2月5日「婦人、人に嫁したる者、夫家の苗字を称すること不可」と否定、内務省指令(明治9年3月17日太政官指令) そのことに地方の村役人は「種痘人名簿」という実務において、記述方法は多々あれど妻を所生の氏で記載した例はわずか1件、女に苗字をつけ馴れてくると所生の氏という復古主義が理屈に合わないと思ったのか 明治19年10月16日内務省は戸籍取扱手続に於いて戸籍用紙を定める「戸主のみ苗字記載」アレ?妻は所生の・・・ 明治20年11月30日山口県は妻の姓が所生&夫両方あるので県独自に所生の氏と布達したい、政府に止められる 明治21年10月、夫の姓を用る内容の民法第一草案が府県知事に示される、明治23年10月公布で一家同姓に・・・ ここから大論争、疑義も明治27年頃までに30数件も 明治29年4月27日新たな民放公布、明治31年7月16日施行「戸主及び家族は其家の氏を称す」「妻は婚姻に因りて夫の家に入る」「入夫及び婿養子は妻の家に入る」 ⇨氏名の確立、苗字はもとより「姓」ではない。「家」が原則血縁で継承されるが故に「姓」的な要素も帯びた「家」経営体の名である。
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中世の女性名の変遷に就いて読んでいて山田美妙の『以ち古姫(いちごひめ)』が気になりパラパラと捲ってみたところ「窟子」という人物名が目に入ってきたがはてこれは男だったか知らん女だったか知らん…… 本書の主題は大きく二つ。 一つは前著『氏名の誕生』の「姉妹版」として女性の氏名が誕生...
中世の女性名の変遷に就いて読んでいて山田美妙の『以ち古姫(いちごひめ)』が気になりパラパラと捲ってみたところ「窟子」という人物名が目に入ってきたがはてこれは男だったか知らん女だったか知らん…… 本書の主題は大きく二つ。 一つは前著『氏名の誕生』の「姉妹版」として女性の氏名が誕生するまでの経緯と背景を明らかにすること。 もう一つは男女の別を抜きにして、日本人がどうして人名に対し強く拘るようになったか、その経緯を明らかにすること。 本文中でも触れられている通り、「氏名」という概念は明治になって創り出され、本来はそれまでの「姓名」や「名前」とは別概念だったとされるが、その「氏名」ですらも戦前と戦後とで捉えられ方が異なる。ちなみに日本の姓名セイメイと中国語の姓名xingmingもちがう。 もとは個人の名などあってなかったようなもので、身分社会に生きるには、相手に応じて名前(呼び名)がかわることも珍しくなかった、とゆうかそれが一般的であった。
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『氏名の誕生』の続編にあたる。前書はほぼ完全に男性の名前について述べられていたが、女性の名前はまた異なる仕組みがあった。前書同様に本書も半分は江戸時代の女性名について述べられ、明治時代に行われた変更については後半で扱われる。 江戸時代の女性の名前はよく時代劇に出てくるような...
『氏名の誕生』の続編にあたる。前書はほぼ完全に男性の名前について述べられていたが、女性の名前はまた異なる仕組みがあった。前書同様に本書も半分は江戸時代の女性名について述べられ、明治時代に行われた変更については後半で扱われる。 江戸時代の女性の名前はよく時代劇に出てくるような「お○○」という形式が圧倒的多数だった。これを「おの字名」と呼ぶが、「お」は接頭辞なのか名前の一部なのか、由来は何なのかといったことは諸説あるようだ。これが明治になると「○子」の形が増えるが、これは当時の流行らしい。 本書で印象に残ったのは、まず江戸時代までは名前の字にこだわりが無かったという話だ。発音さえ同じならどの漢字で書かれても気にしなかったらしい。そもそも女性は自分で字の読み書きができない人が多かったので当然かもしれない。サブタイトルにあるこだわりは、識字率が向上したことで初めて生まれたものなのだ。 次に夫婦同姓の発端だ。江戸時代は女性に苗字は付けないのが一般的だったので、全員に苗字をつけることになって初めて生まれた問題ということだ。 江戸時代の場合、例えば山田太郎に娘が生まれて花子と名付けたら、「花子」または「山田太郎娘花子」と表記されることはあっても「山田花子」とは書かない。結婚して鈴木大介の嫁になったら「鈴木大介妻花子」であり、「鈴木花子」とは書かない(ただし夫が死んで妻が戸主になった場合はこういう書き方になる)。 これが明治の法律によって女性も直接苗字を名乗ることになったわけだが、結婚した女性の苗字は最初はその人の祖先を示すもの(つまり結婚しても変わらない、夫婦別姓)だったのが、あとから家族の名前という夫婦同姓を採用したとのこと。現在まさに「選択的夫婦別姓の是非」が議論されているが、そもそも現在の仕組みはそんなに長い歴史を持つわけでもなければ深い議論の末に決められたものでもないのだ。 個人的には、マイナンバーという制度ができたのだから、個人を識別する必要がある時はそれを使い、名前なんかは各自の好きにすればいいと思うのだが、適当に決めた制度でも100年経てば「こだわり」を持つ人が出てくるようだ。
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生まれた時にはすでに当たり前の制度として当たり前に接してきた「氏名」。それがたかだか明治時代に作られた制度であり、日本の長い歴史の中で名や姓といったものがいかに変転してきたかがよく分かる一冊。こういう事実を前にすると、女性学者の研究歴が結婚改姓によってリセットされてしまうという事...
生まれた時にはすでに当たり前の制度として当たり前に接してきた「氏名」。それがたかだか明治時代に作られた制度であり、日本の長い歴史の中で名や姓といったものがいかに変転してきたかがよく分かる一冊。こういう事実を前にすると、女性学者の研究歴が結婚改姓によってリセットされてしまうという事実一つとっても、選択的夫婦別姓は少しでも早く導入すべきだと思ってしまう。少なくともそれは決して日本の伝統とは言えないのだから。
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何でこんな読みにくい名前増えたんだっけ?という素朴な疑問からスタートして、色んな角度から、現代の名前について考察されている。 面白い! 名前の概念や価値観までも、時代によって変わります、そしてこれからも変わるでしょう、というのが感想です笑 夫婦別姓議論への違和感も記載されていて、...
何でこんな読みにくい名前増えたんだっけ?という素朴な疑問からスタートして、色んな角度から、現代の名前について考察されている。 面白い! 名前の概念や価値観までも、時代によって変わります、そしてこれからも変わるでしょう、というのが感想です笑 夫婦別姓議論への違和感も記載されていて、かつての日本は夫婦別姓だったのか、という疑問そのものがナンセンスだと感じました。 勉強になる本です!
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本書は、女性の名前を主題とし、近代の「氏名」誕生以前の江戸時代の女性名とはどんなものだったのかを明らかにした上で、その後の明治時代から現代までの「氏名」の文化の歴史的変遷を女性名に焦点を当てて整理している。 氏名をめぐる現代の常識が近代以降の僅かな歴史から持たず、江戸時代には全然...
本書は、女性の名前を主題とし、近代の「氏名」誕生以前の江戸時代の女性名とはどんなものだったのかを明らかにした上で、その後の明治時代から現代までの「氏名」の文化の歴史的変遷を女性名に焦点を当てて整理している。 氏名をめぐる現代の常識が近代以降の僅かな歴史から持たず、江戸時代には全然異なる常識があったことなどを理解した。かなり目から鱗が落ちる、読む価値のある内容だった。
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なぜ女の名前に「お」を付けたのか、「子」が付いた名前が流行したのか。名前が身分を表していた時から、現代のアイデンティティとしての氏名へのこだわりへ、時代を追って細かく説明している学者らしい本。
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名付け、改名、イエ制度、夫婦別姓。 名前にまつわる話は是か非かで語られることが多い。 そしてそれはあたかも日本の伝統であるかのように語られる。 しかし、驚くべきことに、かつては名前など大した問題ではなかった。 下女になったらみんな「よし」となったり、「てい」という名前は「てい」...
名付け、改名、イエ制度、夫婦別姓。 名前にまつわる話は是か非かで語られることが多い。 そしてそれはあたかも日本の伝統であるかのように語られる。 しかし、驚くべきことに、かつては名前など大した問題ではなかった。 下女になったらみんな「よし」となったり、「てい」という名前は「てい」でも「てゐ」でも「てへ」でもいい、とされていたり。(70頁)一体どういうことなんだ? それは、江戸時代には唯一絶対の正しい表記がないからだ。 また、例えば「静子」という名の「子」の字は名前の一部ではなく敬称だった。 なんと!!!! 氏名とは不思議なもので、名前の文字はこの字が優位つ絶対なのだ、と言うのはつい最近の決まりごとらしい。 明治、第二次大戦後、時代が降るごとに名前は固定化されてきた。 江戸時代のように、しょっちゅう改名する、と言うのはもはや現実的ではない。 かねてより関心のある夫婦別姓(選択制)について。 「氏」が血縁関係を示す「姓」ではない、とか、「父系血統」ではなく「苗字」という「家名」だ、とか、明治期の女性の婚姻後の「苗字」は政府の中でも揺れ動いていた。 だから姓の固定は「日本の伝統」などというのは全くの歴史誤認である。 歴史上の問題を加味すると、本書に示された名前の在り方、変遷は一度で理解するには複雑すぎる。 けれど、「時代を超えた"正しい形"や"正しい文化"など存在しない」(353頁)という繰り返される筆者の主張は耳を傾けるべきである。今を簡単に過去に当てはめてはいけない、それは正しく知ることにとって必要最低条件なのだ。 それを踏まえた上で正しく論じていきたいし、そういう社会である事を切望する。
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登録して気付いたけど、筆者の『氏名の誕生』もすでに読んでいたみたい(笑) 自分の中で、女性の名前って、古典の世界でははっきり書かれていないもの、という感じがあって。 貴族においては、役職が名前代わりに用いられている、というくらいの認識だった。 現代のように、姓と名が固定化され...
登録して気付いたけど、筆者の『氏名の誕生』もすでに読んでいたみたい(笑) 自分の中で、女性の名前って、古典の世界でははっきり書かれていないもの、という感じがあって。 貴族においては、役職が名前代わりに用いられている、というくらいの認識だった。 現代のように、姓と名が固定化されるまでに、どんな流れがあったのかなという興味で手にとった。 なるほど、古くは「子」が女性を表すワードとして入れられていて。 それが、江戸時代になって二字の名前(に「お」を付けて呼ぶ)に変化していき。 明治時代になって名前の定義が変わる中で、「お」の代わりに「子」が再度脚光を浴びることになる。 生まれた時についた名が、自分の意志とは関係なく付け直され、更新されていくこととか。 識字率の低い時代は、自分の名前をどう書くかなんて知りようがなかったから、音で名前を認識していた=書類上の表記が複数出てくる場合があったこととか。 いろいろと知れて面白かった。 ライフステージに合わせて名前が変わっていくということを知ってはいるが、自分の本当の名前を知られないようにした、ということとはどう繋がるんだろう。 何をもって、本当の名前、なのか。
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女性の名前、21世紀現在には氏名として確立したものは、古代からの歴史上で男性の名前とは異なる変遷をたどったことを、おもに江戸時代に用いられた女性名の検討から表記に用いる文字や身分の変更に伴うその不同一性が存在し、後世とは全く異なる名前に対する意識の差異があることを論ずる。そして明...
女性の名前、21世紀現在には氏名として確立したものは、古代からの歴史上で男性の名前とは異なる変遷をたどったことを、おもに江戸時代に用いられた女性名の検討から表記に用いる文字や身分の変更に伴うその不同一性が存在し、後世とは全く異なる名前に対する意識の差異があることを論ずる。そして明治以降国家により国民管理上の都合でつくられた個人の氏名が男女問わず前近代の人名から変質をきたし、人々がそれに対する執着を持つようになったことを示す。その明治の氏名の改革において、夫婦別姓のほうが明治政府権力の標榜する復古とされていたことからも氏名への拘りは時代により移ろうものだと知られる。
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