ラッセンとは何だったのか? 増補改訂版 の商品レビュー
ネットの記事を読んで、興味があり読破。 美術に疎いので、クリスチャンラッセンが現代美術において評価されていないことなどが、今更わかるという体たらく。 私の中ではラッセン=アールビバンなので、いわゆる悪質で法外な値段で複製画とかポスターを売っている作家くらいのイメージ。 綺麗な...
ネットの記事を読んで、興味があり読破。 美術に疎いので、クリスチャンラッセンが現代美術において評価されていないことなどが、今更わかるという体たらく。 私の中ではラッセン=アールビバンなので、いわゆる悪質で法外な値段で複製画とかポスターを売っている作家くらいのイメージ。 綺麗な絵を描く人であり、サーファーなんだよね。 がギリギリ理解しているレベル。 13名の方が、ラッセンの事をあらゆる角度から考察した書評などをまとめた一冊であるが、そもそももヒロ・ヤマガタすら知らない私にとっては、なかなか興味深い内容が多かったのは確かです。 そうか、CDデビューしているのか。 今度聞いてみよう。 芸人の永野ではないけど、「ラッセンがすっき~♪」寄りの傾向が私にはあるので、もう一回ちゃんと作品を見てみようとは思いました。
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Xの紛糾を見てという悪い読書をしました。各人の多様な論を集めた感じの本で総括などはなかったですが、ナンシー関の「ヤンキー」定義を持ち出してくる人あり己の濃いラッセン体験談を語る人あり「イルカがせめてきたぞっ」を見せる(なぜ?)人あり、結構面白かった。 でもこの本、当時ラッセンを買...
Xの紛糾を見てという悪い読書をしました。各人の多様な論を集めた感じの本で総括などはなかったですが、ナンシー関の「ヤンキー」定義を持ち出してくる人あり己の濃いラッセン体験談を語る人あり「イルカがせめてきたぞっ」を見せる(なぜ?)人あり、結構面白かった。 でもこの本、当時ラッセンを買った当事者の証言を一切とってないのなとふと思いました。ものすごい濃いラッセンエピソードの中に出て来てはいたけど。私が文学美学の論考で若干苦手な机上でこねくり回してる部分やアート界隈の選民意識のような良くないところが出てんなという気はする。
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篠田節子の新刊のせいでこの本周辺がにわかに騒がしくおもしろくなってきた。どうなるかな。。(野次馬) ----- ラッセンとは何だったのか、もっと言うとラッセンブームとは何だったのか。ラッセンについて、作品を専門的な視点から美術的な技巧や価値の面で検証したり、彼本人や半生が作品評価...
篠田節子の新刊のせいでこの本周辺がにわかに騒がしくおもしろくなってきた。どうなるかな。。(野次馬) ----- ラッセンとは何だったのか、もっと言うとラッセンブームとは何だったのか。ラッセンについて、作品を専門的な視点から美術的な技巧や価値の面で検証したり、彼本人や半生が作品評価へどう影響したか、そして美術商と都内での悪徳ビジネススキャンダル、の3面で分析してあってとてもおもしろかった。特に、もしラッセンが白人の長身長髪サーファーのイケおじ外見ではなかったらここまで日本(てかはっきり言って都内だけだったと思うけど)でブームになったか、という仮説はマジで興味深い。 個人的には、美人局まがいの押し売り手法はもちろんだめだけど、小説なら浅田次郎とか恩田とか伊坂(とか宮部とか群とか)、クラシックならフジコや辻井や角野、みたいにマーケット拡大のためのパンダとして機能したならそれはそれでいいと思う、当時もわたしはあの絵は毛嫌いしてたけど。なんならヒロヤマガタも、今なら村上隆も会田誠もわたしの美意識とは遠い場所にあるけど。
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ケニー・Gに言及しているのが面白かった。 本流のジャズではない『スムース・ジャズ』という系譜で本流から軽視されているという話。 なんとなくポール・モーリア、リチャード・クレイダーマン、ジョージ・ウィンストンあたりを想起させられる。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
ラッセンが好きだから、そこに芸術性を見つけてもいいじゃないかという試行。 なのに現在のアート界隈は、(現在の社会でいえば階層化され)そこに甘んじているではないかという指摘。 本当に好きならそんなこと考えなくてもよろしいかと思うのですが、軽んじられるのが我慢できないのでしょうかね。 それに沿った(としか思えない)論考を並べているのですが、巧妙に表面だけさすりながら避けていくカネの話に興味は尽きないのですが。 大量に”複製”あるいは”印刷”または”制作”される物品に価格に見合った”価値”があるのか、あるのならなぜ勧誘商法と言えるような売り方でトラブルが発生しながらも売り続けたのか。 そこのところを抜きにして芸術的価値を論じても意味がないのは現状の美術品”市場”という形を考えれば当然の結論と言えるのではないか。 それでもなおラッセンの芸術的価値は素晴らしいものがあるのではないかという主張に対して本著は値段の割には説得性はないよなぁと思う。 当時やはり秋葉原の街角でキレイなおねえさんに呼び止められて覗いた「会場」には折りたたみ椅子にすわったたくさんのダンシの姿があり、かつてモンティパイソンにあった、イギリスのとある部屋を訪ねた郵便配達人がセクシーな女性に誘われて室内に入ると、そこには膝を抱えた何人もの郵便配達人がとじこめられていた、というブラックジョークを思い起こさせた。 もし自らラッセンが欲しいという人が当時たくさんいたのなら、”複製”であるポスターが”原画”の何十分の一の値段で売られていたのだから、もっとポスターが売れていたと思うのだが、実際は別の理由で”原画”を購入に至った人が多かったのではないのかと推測できはしないか。 追記 読み進めるうちに、秋葉原で呼び込みをおこなっていたのはラッセンを扱っている業者ではないという記載があったが、記憶では「らしき表現」の絵が会場に展示されていたけれど、ラッセンでなければ誰を取り扱っていたのだろうか。 調べてみたが作家名はわからない。
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ラッセンとは何だったのか?ということばに、少しでもひっかかりを覚えるならば読んで損はないと思う。何の思い入れもないけれど、ある一定の年代のひとにとっては、そこかしこに在った「ラッセン」を知らずにはいられなかったであろう、記号としてのラッセンが、くっきりと浮かび上がる。それはとても...
ラッセンとは何だったのか?ということばに、少しでもひっかかりを覚えるならば読んで損はないと思う。何の思い入れもないけれど、ある一定の年代のひとにとっては、そこかしこに在った「ラッセン」を知らずにはいられなかったであろう、記号としてのラッセンが、くっきりと浮かび上がる。それはとても興味深いもので、タイムトラベルにも似た読書体験だった。
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80年代から90年代に流行したクリスチャン・ラッセン。2012年に行ったというラッセンと他のアートを比較した企画に合わせた小論集。前半の絵画論辺りは面白いが、受容や位置付け、再評価などまだまだ浅い印象。価値がない嫌いがベースにあるので仕方ないのかもしれない。 現代アートぽいコラー...
80年代から90年代に流行したクリスチャン・ラッセン。2012年に行ったというラッセンと他のアートを比較した企画に合わせた小論集。前半の絵画論辺りは面白いが、受容や位置付け、再評価などまだまだ浅い印象。価値がない嫌いがベースにあるので仕方ないのかもしれない。 現代アートぽいコラージュ、インテリアアート全体へ広げても良かったのではないかと思うが、ここから研究を始めようという位置付けの機会として。 逆に現代アートはラッセンより良いと思い上がってない?というのはある
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