厨房の哲学者 の商品レビュー
本書は著者の幼少期からのサクセスストーリー。 以下、ネタバレになります。 何を選ぶかではない。重要なのは何かを選ぶ事。 何にでもなれる未来なんてどこにも存在しない。 何にでもなれるのは何も選んでいないから。 どこかに辿り着く為には道を選ばなければならない。 1つの道を選んで、...
本書は著者の幼少期からのサクセスストーリー。 以下、ネタバレになります。 何を選ぶかではない。重要なのは何かを選ぶ事。 何にでもなれる未来なんてどこにも存在しない。 何にでもなれるのは何も選んでいないから。 どこかに辿り着く為には道を選ばなければならない。 1つの道を選んで、その道を歩き続けなければならない。 何かを選ぶという事は、それ以外のものを全て捨てる事。選んでしまったら、そこで自分の可能性が閉ざされてしまうと思い込んでいた。 それが間違いだった。 選ばなければ、人生は始まらない。 死力を尽くす。
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中卒で中華鍋洗いから始まる料理人人生。武者小路実篤の「この道」から始まる中華料理のレジェンド。…グランドメニューの数は中華料理のアイデンティティー、存在証明。中華料理店で食べるよろこびは、菜単の頁をめくるごとに鳴る多様な音色だ。あれを食べるか、それともこれを食べるかと、頁の上で目...
中卒で中華鍋洗いから始まる料理人人生。武者小路実篤の「この道」から始まる中華料理のレジェンド。…グランドメニューの数は中華料理のアイデンティティー、存在証明。中華料理店で食べるよろこびは、菜単の頁をめくるごとに鳴る多様な音色だ。あれを食べるか、それともこれを食べるかと、頁の上で目を泳がせ、指先を惑わせるところから宴は始める。さまざまな料理をたっぷり盛りつけた大皿を何皿もテーブルに並べて家族友人知人見知らぬ人と取り分け、分け合い、和気藹々と食べるところに中国料理の醍醐味がある。その豊穣さが、中国料理の核。
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メモ→ https://x.com/nobushiromasaki/status/1930156070120632669?s=46&t=z75bb9jRqQkzTbvnO6hSdw
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とにかく一度食べてみたい 目の前のことを一つひとつやっていくしかない 環境変わって「仕事がなんか楽しくない」と感じる日々だったが、いまそうなったからには目の前のことをやって進むしかない!と思えた
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中国料理人として知られる脇谷さんの自伝。 脇谷さんは北海道生まれ、父が易学者でお前は中華の料理人になれといきなり言われる。 そして東京の一流店での鍋洗いの修行が始まる。 いわゆる徒弟制で料理のイロハも教えてもらえない。 そんな環境なので入っては辞めていくひとばかり、そんな中脇谷少...
中国料理人として知られる脇谷さんの自伝。 脇谷さんは北海道生まれ、父が易学者でお前は中華の料理人になれといきなり言われる。 そして東京の一流店での鍋洗いの修行が始まる。 いわゆる徒弟制で料理のイロハも教えてもらえない。 そんな環境なので入っては辞めていくひとばかり、そんな中脇谷少年はシェフの腕元をみつて、料理の技を学んでいく。 そのご名店で次々と修行し、若くしてホテルの中華の料理長に抜擢される。成功した料理人の伝記は不思議にどれもよく似ている。劣悪な労働環境、料理に対する熱意、魅力的な名料理人、料理人や料理に理解がある富豪、そして苦楽をともにする仲間、顔の見えない家族。 プロの料理人なら他のビジネスなら当然気にする収支、ビジネスプランなどに気にするかと思えば、(確かに気にはかけてはいるのだろうが)、自分の信念にしたがってやっていたら成功したという感じである。これはお客の顔をみて、料理しているからだろう。
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2024/07/18 01:21 何を選ぶかではなく、重要なのは、何かを選ぶこと。 「この道より我を生かす道なし。この道を歩く」 うーん…読み終わってもまだ意味がわからない。 自分は二十年今の仕事をやってきたけれど、これが自分の行くべき道であるのか、まだわからない。
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父親の職業は易学者 学校から帰ったら遊ぶのが家の決まり 勉強はしなかった 実家は北海道大学の近く キャンパスが通学路で遊び場、おやつを盗む悪戯の場所 赤坂 山王飯店 中二の夏休み家族で東京旅行 父親が丁専務に頼み料理人になることに決められ 一家で大田区大森へ引っ越し 大森...
父親の職業は易学者 学校から帰ったら遊ぶのが家の決まり 勉強はしなかった 実家は北海道大学の近く キャンパスが通学路で遊び場、おやつを盗む悪戯の場所 赤坂 山王飯店 中二の夏休み家族で東京旅行 父親が丁専務に頼み料理人になることに決められ 一家で大田区大森へ引っ越し 大森第八中 ラッツ&スターの桑野が同級生 中華鍋洗いから始める 料理ごとに鍋を変える 毎日何百枚も 約80人のうち料理を作るのは中国人の20人の親方のみ 見習いはみんな日本人 同期15人で1年後は2人に 最初の年末、実家に帰らず、石打丸山スキー場に一人で得意のスキーに 「この道より我を生かす道なし。この道を歩く」武者小路実篤の額を見つけ買う 親方の賄は親方が作る 中華料理の裏メニュー 高価な食材は使わない 食材を知り、手間と暇を惜しまず、食に真摯に 201品のグランドメニュー以上に 「ウサギの耳と背中の目」迷いが消え背中で聞こえる音が何か分かるようになった 鍋洗いは3年半 早朝に練習 痕跡を残さないように 仕事は全て目で盗む 自由が丘 楼蘭の後、東京ヒルトン 星が丘 親方にかわいがられ3番目のポジションに 西新宿に新生ヒルトンが生まれキャピトル東急ホテルと改名し新しい料理長に 味が変わったとクレームで自分で作り直す 支配人判断で総料理長、料理長を解雇 新たな料理長を探し自身は料理長補佐に リーセントパークホテル 楼蘭 立川 1985年~ 常連客の実業家から料理長のお誘い 都心の大きな名店の料理長の夢 後輩の日本人4人と 王道の中国料理181品 客入らず・・・ 月替わり 一名分のコースメニュー 9~10皿で4~5000円が好評に ディナショーに中国料理 フランス料理と逆転 1992年に総料理長に 中国の旅 中国料理世界大会 団体金賞 個人銀賞 広州ワンハーバーロードでXO醤や上湯の作り方を学ぶ トゥーランドット 麻布 1997年~ 都心に・・石鍋シェフ 代表取締役兼総料理長を用意 トゥーランドット游仙境 横浜パンパシフィックホテル、赤坂アークヒルズ Wakiya 一笑茶楼 赤坂裏路地 2001年~ 家常菜 日常料理 ロバートデニーロ NOBUさん Wakiya Gramercy Park Hotel NY 2007年~ リーマンショックで撤退 トゥーランドット臥龍居 2011年~ 早朝の朝粥から夜明けの一杯まで 大震災に多額の借金 Ginza脇屋 2023年~ 銀座にビルを建てる・・・ 窯を使う中国料理
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フレンチの三國さんの本も読んだが、たまたまだろうが、出身は北海道、学歴なし、最初は皿洗いや鍋洗いを、長くやってきたという共通点があります。鍋洗いをして、自分を生かす道を見つけ、半世紀を思い出して、見事に書かれています。 「三年、とにかく三年我慢しなさい、三年必死に頑張ってそれで...
フレンチの三國さんの本も読んだが、たまたまだろうが、出身は北海道、学歴なし、最初は皿洗いや鍋洗いを、長くやってきたという共通点があります。鍋洗いをして、自分を生かす道を見つけ、半世紀を思い出して、見事に書かれています。 「三年、とにかく三年我慢しなさい、三年必死に頑張ってそれでも駄目だったら、なんでも好きなことをしてもいいから」あの三年のおかげで、母のあの言葉のおかげで五十年やってこられた。天国の親父とお袋には、感謝の言葉しかない。
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流れるように読める中で、誰しもに勇気を与える作品。 ・決断して人生が始まる ・占い師の親から言われた"食神がついている"という言葉に気づけば支えられている ・馬場さんの懐の深さ ・指揮者と作曲家の違い 残るエピソードは多かったが、始めたての鍋洗いの描写が一...
流れるように読める中で、誰しもに勇気を与える作品。 ・決断して人生が始まる ・占い師の親から言われた"食神がついている"という言葉に気づけば支えられている ・馬場さんの懐の深さ ・指揮者と作曲家の違い 残るエピソードは多かったが、始めたての鍋洗いの描写が一番丁寧だったことが印象的。 結局、過去の苦しい経験が一番思い出に残る。 苦しさは店舗の閉店だったり、コロナのほうがあったかもしれない。 でも思い出は鍋洗いというその事実が胸にきた 下積み時代こそが人生を彩る そんな事実が誰しもに勇気をくれる話だと感じた
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中国料理シェフの脇屋さんの著書。15歳からお父様の助言でシェフの道に入り、中国料理の概念を変え、アップデートしてきた人生が描かれている。料理好きも、料理家も、ビジネスマンにもお勧めしたい良書でした!
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