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ビボう六 の商品レビュー

3.9

13件のお客様レビュー

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2025/12/11

永遠に夜が続く京都を舞台にした怪獣と天使のなんとも不思議で切ないファンタジー小説。 普段ならあまり読まない部類だけど、なんとなく読んでみた。 ファンタジーということもあり、全体的にほんわか上部を描いている(ただの偏見)のかと思ったら、抉るような表現があったり、情景描写も素晴らし...

永遠に夜が続く京都を舞台にした怪獣と天使のなんとも不思議で切ないファンタジー小説。 普段ならあまり読まない部類だけど、なんとなく読んでみた。 ファンタジーということもあり、全体的にほんわか上部を描いている(ただの偏見)のかと思ったら、抉るような表現があったり、情景描写も素晴らしくと情緒の乱高下が著しい。 若い方が書いたであろうこと、京都で過ごした時期があるであろうことは読んでいると何となくわかるけれど、その若さと京都という素材が限りなく作品を色付けていて、今この場所だからこそ表現できた作品ではないかと思う。 またこの作家が年齢を経てどんな物語を描くか、読んでみたいものである。

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2025/03/10

童話のような作品です。ゴンスの語り口調がとてもやわらかくて、厳しい描写もあるけれど作品全体が暖かさを持っているようです。 こんな作品、どこが出したんだ? と思ったら、ミシマ社でした! っぽい!

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2024/10/05
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

夜の京都の町は妖怪がいそうな気がする。ゴンスもいそう。 ゴンスたちの夜の散歩が楽しそうだからこそ、昼の京都の現実が苦しくなる。 小日向さんは昼でも夜でも、苦しいほうを選んでしまったのかなあ。

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2024/09/18

中~終盤にかけて何と美しいファンタジーかと思いながら読み進んだが、最終盤の心情描写がトゥー・マッチ、もっと読者の想像力に委ねてもいいのではないかと思った。その分のマイナス★ひとつ。それでもすばらしい作品。

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2024/08/04

「夜の京都」「怪獣」「恋」というなんとも物語の内容が気になるワードが並んでいたので読んでみた。タイトルが『ビボう六』という表記なのもなんだかくすぐられる。備忘録なんだろうと思いながら、平仮名だけでも片仮名だけでもない書き方に妄想が膨らむ。ちなみに「ビボう一、ぢブん から あい札 ...

「夜の京都」「怪獣」「恋」というなんとも物語の内容が気になるワードが並んでいたので読んでみた。タイトルが『ビボう六』という表記なのもなんだかくすぐられる。備忘録なんだろうと思いながら、平仮名だけでも片仮名だけでもない書き方に妄想が膨らむ。ちなみに「ビボう一、ぢブん から あい札 お スル こと」とあり、ビボう二、ビボう三と続いていく。ビボう六が気になって仕方がない。 この「ビボう六」を大切にしているのは、散歩を愛する怪獣エイザノンチュゴンス。実はこの名前も以前よりは短縮しているのだが、この物語の中ではゴンスの愛称で語られる。名前の遍歴も知るとちょっとクスッとする。 このゴンスが眠れない夜に二条城の周りを散歩していたところ、生垣のそばで倒れている女性を発見する。その女性はずぶ濡れで背中に純白の羽根が付いていた。こんな感じで物語は始まる。 どこかホッコリとする物語を想像して読み進めていくと、なかなかに胸を抉るような苦しみを感じさせる。傷つき救われないのは現代そのもの。そんな現代と対比されるような「夜の京都」の出来事は暖かい気持ちになる。読者は悲しい事実を知り、同時に未来への希望も感じる。切ないけれど優しい気持ちになる。でも、やっぱり切ないな。

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2024/06/12

京都の夜に出会う二つの孤独な魂。切なくて愛おしい気持ちになる。 文章が作り上げた異世界。いまもそこに同時に存在している気がする。この没入感。まさにファンタジー。

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2024/03/13

果たして自分が蝶になった夢を見ているのか、はたまた蝶が見ている夢なのか。 いずれが真か偽かということではなくて、「昼間の反対側にある、さかさまになった京都」(p6)での儚くも美しい時間を物語った作品。 二つの‘世界’(こう呼ぶ以外思いつきません…)が互い違いにクロスしながら収束...

果たして自分が蝶になった夢を見ているのか、はたまた蝶が見ている夢なのか。 いずれが真か偽かということではなくて、「昼間の反対側にある、さかさまになった京都」(p6)での儚くも美しい時間を物語った作品。 二つの‘世界’(こう呼ぶ以外思いつきません…)が互い違いにクロスしながら収束していく仕立てなのだが、一方には甘やかでとろけそうな程の夢遊感や滴る恋の甘酸っぱさに満ち、方や刃こぼれしたナイフで容赦なく斬りつけられたような痛みや耳目を覆い頭を抱えたくなる程の不条理に耐える羽目に陥る。 読み始めた当初はこの情緒の乱高下について行くのがやっとで、はたまたその上に強めのファンタジー描写・幻想的展開を読み取るのに精一杯。 この感じ、何かに似ている…これは…そう。 熱湯からいきなり氷水へ放られ骨を切られるあれよ… 「鱧の湯引き」。この物語は鱧が見ている夢の可能性がありますね。 さておき、‘世界’ごとの緩急のキレがもの凄く、ハッとさせられるフレーズが目白押し。 〈ひなた〉の‘世界’ 「好きな人にバカって言われると、すごくすごく嬉しい。細くもか弱くもない私でも、庇護される対象になれるような気がして。」(p25) 「結局、弱さに恋をしてしまったら負け。あとはただ流れに従順に、無抵抗になびき続けるしかない。」(p99) 「違うの。ボランティア団体や病院の先生に「死なないで」って言ってほしいんじゃなくて、好きな人に「ここにいて」って言ってほしいの。明るいところへ無理やり連れ出してほしいんじゃないの。」(p134) とにかく痛くてつらいひなたパート。 この、境遇に恵まれない女性像の解像度の高さには驚きしかない。 〈ゴンス〉の‘世界’ 「それでも、ゴンスは自分のことが大好きです。たとえ誰かが理不尽にゴンスを嫌っても、ゴンスさえ、ゴンスのことを愛していれば、生き続けることに、それ以上の理由はいらないのです。」(p38) 「まるで、のどの奥の部品が、たちまち錆び付いてしまったかのようです。ゴンスは、いきなり緊張しはじめました。」(p89)→恋をした相手と突然二人きりになった状況での描写。ありきたりながらも「たちまち」「いきなり」と重ねることで切羽詰まった感がマシマシに。 「ビボう六」(p155)→あえて中身は書きません。ぜひ読んで頂きたいです。 とにかく恋の気配でいっぱいのゴンスパート。 京都の街なかを歩くシーンは地図を見ながらだと、より臨場感が高まるかと。喫茶ソワレのゼリーポンチもぜひ現物画像を見て下さい。 もの凄く良かったと思うのですが、最終盤大詰めの肝心なシーンが今ひとつ分かりにくかったのと、「弓矢」が何を示唆しているのかがわからない…。射ったのも誰なんだい。頼光なの?ニセの鵺のくだりも繋がりが今一歩腑に落ちないんだよなー。 悔しい。 あ、鱧は作中には一切登場しませんよ。 1刷 2024.3.13

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2024/03/11

第3回京都文学賞受賞作。 京都に散歩を愛する怪獣がいる。土蜘蛛の怪獣である。足は(訳あって)6本。その名もエイザノンチュゴンス(比叡山の僧・智籌(ちちゅう)+怪獣風に「ゴン」+恐竜風に「ザウルス」→長すぎるので適当に短縮)。覚えにくいので、通称を「ゴンス」とする。要は名前など何...

第3回京都文学賞受賞作。 京都に散歩を愛する怪獣がいる。土蜘蛛の怪獣である。足は(訳あって)6本。その名もエイザノンチュゴンス(比叡山の僧・智籌(ちちゅう)+怪獣風に「ゴン」+恐竜風に「ザウルス」→長すぎるので適当に短縮)。覚えにくいので、通称を「ゴンス」とする。要は名前など何でもよいのである。 ちょっと忘れっぽいので、「ビボう六」というノートを持ち歩き、忘れてはいけないことを書き留めている。つまりこれは「備忘録」なのだ。 世界には大切なことが6つある、とゴンスは思っている。 ビボう六に書いたビボうは5つまでたまった。 6つ目は飛び切り素敵なことに違いない。 ゴンスはそれを見つけるのを楽しみにしている。 ある夜、いつものように散歩していたゴンスは、二条城で1人の女の人に出会う。彼女はぐっしょり濡れて倒れていた。ゴンスは彼女を助け、話を聞く。 女性は小日向と名乗った。 なぜそこに倒れていたのか覚えていないという彼女はしかし、白いかえるを探しているのだという。 ゴンスは、彼女がかえるを探すのを手伝ってやることにする。 手がかりを求めて、2人はあちこちを歩く。 北野天満宮の夜店。運試しの大黒様。 祇園のバー。ゼリーが有名な純喫茶「ソワレ」。 ゴンスは徐々に彼女に魅かれてゆく。 夜、異界のゴンスと散歩する小日向には、現世に別の姿があった。 ひなたと呼ばれる不幸な若い娘である。 寄る辺なく京都に流れてきた。 家族に恵まれず、親に捨てられ、祖母に育てられた。容姿にも自信がなく、整形手術を受けた。 水商売で働くが、他のかわいい女の子の引き立て役となっている。 一緒に暮らしている彼氏もひなたのことを大事にしているわけではない。 ひなたはそんな彼氏から京都の妖怪伝説の話を聞く。 昼のひなたと夜の小日向が1章ごとに交錯する。 夜の優しいそぞろ歩きは、ゴンスと小日向をどこに連れていくのか。 ゴンスが見つける最後の「ビボう六」は何か。 幕切れは切ない。 以下、蛇足的雑感だが(もしかしたらネタバレ気味?)。 毛色の変わったファンタジーとして読んで終わりにしてもよかったのだが。 ゴンスの造形はとても魅力的だと思うのだが、ちょっと引っかかるのは現世のひなたのあまりの「救われなさ」だ。 祖母は暴力的だった。ひらがなの「ぬ」と「め」の区別が難しいというのは、特に幼いころにはありがちなことだが(加えてひなたには若干学習障害の傾向があったのではないだろうか?)、それに対して激高して分厚い辞書で頭を殴るなど、明らかに行き過ぎである。結果としてひなたは自己肯定感が著しく低いまま育つ。そして、付き合ってはダメな薄情な男を好きになって、当然のように捨てられる。 差し伸べられる手はなく、ひなたの想いは内へと籠っていく。誰も彼女の辛さに気づかない。 ・・・だから、鵺(ぬえ)にでもなるしか仕方ないというのか・・・? というか、鵺になるにはそこまで鬱屈した境遇にならなきゃダメなの・・・? ちょっとやるせなさすぎじゃないですか・・・? こうなるとゴンスも忘れてるだけで、過去によっぽどひどいことがあったんだろうかといろいろもやもやしてしまう(いやまぁ実際、土蜘蛛として討たれているわけだが)。 野暮を承知で言うが、ひなたに必要なのは、本当に、妖怪の世界に生まれ変わることなのだろうか? それはそれでもいいのかもしれないけれど、本当にそれでいいのかなぁ・・・。 そもそも彼女は妖怪に生まれ変わりたいと主体的に思っているようにも見えないのだ。 怪獣としての自身が好きであるゴンスは素敵だが、ひなたには鵺にはならず、現世で救われてほしい気がする。 現世での「翼」は見つからないのだろうか。見えなくてもそれはあるのではないか。 著者自身も若い女性であるようだが、ひなたをこのように描く意図が、私はうまく呑み込めずにいる。特に著者自身の投影にも思えないし。 令和の不幸の典型ってこういうものなの・・・? 細かいことだが、クマゼミの鳴き声を「シネシネシネ」と聞きなしているのもちょっと引っかかる。私は「シャワシャワシャワ」だと思っている。クマゼミ、確かにうるさいのだが、別に他の存在に「死ね」とは思っていないと思う。 *ちなみにゴンスの名前のもとになっている「比叡山の僧 智籌」というのは、歌舞伎の「土蜘(つちぐも)」に出てくる名前のようですね。蜘蛛を音読みすると「ちちゅう」となるのだそうで、それに別の字を当てたようです。能の『土蜘蛛』や、さらに原典(?)の「平家物語・剣巻」では「法師」とのみあり、特に名前はない模様。やや別系統にあたるのか、『土蜘蛛草子』の蜘蛛は法師ではなく老婆に化けています。

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2024/02/29

すごく綺麗な文章を描く作者だと感じた。京都ならではの独特の世界観と登場人物の感情や考え方を表裏で描いた作品だと思った。(京都と鎌倉って似てるなあなんて思ったり) 少し物悲しいような、切ないような、ノスタルジックな…読みながらそんな感覚になった。 個人的には最後部分が難しかった。。...

すごく綺麗な文章を描く作者だと感じた。京都ならではの独特の世界観と登場人物の感情や考え方を表裏で描いた作品だと思った。(京都と鎌倉って似てるなあなんて思ったり) 少し物悲しいような、切ないような、ノスタルジックな…読みながらそんな感覚になった。 個人的には最後部分が難しかった。。。

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2024/02/13
  • ネタバレ

※このレビューにはネタバレを含みます

偶然にも前に読んでいた本も鵺(ぬえ) タイミングがよかったのか悪かったのか・・・ さわや書店のポッドキャストで絶賛していたのと、京都のミシマ社出版、京都文学賞とあって期待しすぎたせいもあり、少し肩透かし感あり。京都と異世界を舞台ということで、別の作家とまた比べてしまう。 しかし、装丁やペーパーブックっぽい感じはとても本にマッチしている。これからの作品に期待、追いかけたいと思う。

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