安楽死が合法の国で起こっていること の商品レビュー
これまで表面的に、同一視点から見ていた安楽死や尊厳死に関して多面的な捉え方を示してくれた。命の話は単純ルール化出来にくい。一方でこの制度の有無に本当に悩まされる人は今後さらに増え、このテーマはより身近になる。議論の為の知識を身に付けるため、こういった本は非常に有益。 当事者として...
これまで表面的に、同一視点から見ていた安楽死や尊厳死に関して多面的な捉え方を示してくれた。命の話は単純ルール化出来にくい。一方でこの制度の有無に本当に悩まされる人は今後さらに増え、このテーマはより身近になる。議論の為の知識を身に付けるため、こういった本は非常に有益。 当事者としての立場や見方から、後半は著者の体験談中心で客観的でない印象。
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著者自体が障害者の親でありケアラーとしての立場での著作も多い人物。 前半は各国の動向や範囲が拡大するすべり坂傾向について。タイトル通り程よくまとまってはいる。 後半は1人に向き合う介護者と多くの患者を抱える医療関係者との意識の溝とそれによる殺される危険への懸念。当事者であるが故...
著者自体が障害者の親でありケアラーとしての立場での著作も多い人物。 前半は各国の動向や範囲が拡大するすべり坂傾向について。タイトル通り程よくまとまってはいる。 後半は1人に向き合う介護者と多くの患者を抱える医療関係者との意識の溝とそれによる殺される危険への懸念。当事者であるが故の限界ではあるのかもしれないが一方的。表紙の懸念が広がっているというのが主題。
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近年欧米では安楽死を合法化する国が増加している。本書は、その状況を整理するとともに、こうした状況が理解されないままに日本で導入された場合の危険性などについて警鐘を鳴らす。 安楽死先進国のオランダではすでに死者数に占める割合が4%を超えているというから驚きだ。 安楽死はもともと救命...
近年欧米では安楽死を合法化する国が増加している。本書は、その状況を整理するとともに、こうした状況が理解されないままに日本で導入された場合の危険性などについて警鐘を鳴らす。 安楽死先進国のオランダではすでに死者数に占める割合が4%を超えているというから驚きだ。 安楽死はもともと救命が叶わない患者に対する例外措置、医師を免責する措置として導入されたが、近年は「すべり坂」のように拡大が起きている。安楽死の理由にQOLが使われだし緩和ケアとの混同が進んでいるほか、対象も終末期の患者から認知症患者や障害者、しまいには子供まで広がりを見せている。安楽死が医師への免責からいつの間にか死ぬ権利に置き換わっていることが、すべり坂現象に拍車をかけているとする。 筆者は安楽死の外縁にある議論として、無益な治療論を紹介する。これは、自己決定による安楽死とは異なり、「無益」とみなされる医療に対して医療側がその治療を打ち切るというものだ。無益な治療論と移植臓器の確保の議論との結託についても懸念を示す。 筆者がこうした警鐘を鳴らす背景には、障害を抱える子の介護・治療を通じて得た医療従事者に対する強い不信感があるようだ。本書の後半は、海外における安楽死の紹介ではなく、筆者の考える医療側の問題や不信の背景について頁を割いている。 本書を通じてあまり知られていない国外の状況を知れたのは良かった。ただ、もう少しタイトルに沿った内容に限定して欲しいと思った。
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・尊厳死=終末期の人にそれをやらなければしにいたることが予想される治療や措置を、そうと知った上で差し控える、あるいは中止することによって患者を死なせること。 人工呼吸器や胃ろう、人工透析などの中止。 死ぬにまかせる。 日本でも日常的に行われている。 ・安楽死=医師が薬物を投与して...
・尊厳死=終末期の人にそれをやらなければしにいたることが予想される治療や措置を、そうと知った上で差し控える、あるいは中止することによって患者を死なせること。 人工呼吸器や胃ろう、人工透析などの中止。 死ぬにまかせる。 日本でも日常的に行われている。 ・安楽死=医師が薬物を投与して患者を死なせること。 殺す。 日本では違法。 ・安楽死の合法化が世界に広がりを見せるにつれ、対象者が終末期の人から認知症患者、難病患者、重度障害者、精神・知的・発達障害者、高齢者、病気の子どもへと広がっている。 また、安楽死が容認されるための指標が「救命できるか」から「QOLの低さ」へと変質している。 ・安楽死が合法な国で法的規制があっても、実際は多くが医師の専門性、つまり個々の医師のアセスメントにゆだねられている。 ・日本に安楽死を合法化するのにリスクが大きい理由 ①日本の医療現場では医師の権威が圧倒的に大きく、「患者の自己決定権」概念が医療職サイドにも患者サイドにも十分に成熟していない日本に「死ぬ権利」という言葉だけが輸入されても機能し得ないだろう ②家族規範が強く、家族を優先して個としての自分を貫きにくい文化特性がある ・患者の「死にたい」という言葉を額面通りに受けとめて死なせてあげるのは理解とはみなさない。 なぜ死にたいと言っているのか耳を傾けて、理解しようと努めることが必要。 ・安楽死は社会にとって最も安直で安価な問題解決策。 まず個々の事例を細かく丁寧に検証して他に策がない場合の最後の解決策とならなければならない。
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安楽死についてもっと知識を得たいと思い読んでみました。 安楽死について学びたいと思っている方には、ぜひ読んでみてほしい本です。色々と考えさせられました。多くの事例が紹介されているため、わたしには精神的に読むのがかなりキツかったです。でも読んで良かったと思います。勉強になりました。...
安楽死についてもっと知識を得たいと思い読んでみました。 安楽死について学びたいと思っている方には、ぜひ読んでみてほしい本です。色々と考えさせられました。多くの事例が紹介されているため、わたしには精神的に読むのがかなりキツかったです。でも読んで良かったと思います。勉強になりました。 この本を読むまで個人的に安楽死は賛成だったのですが、自分がいかに不勉強で思考を重ねる事なく安易に決めていた事に気付かされました。良著。
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現在、すでに多くの国・地域で安楽死又は医師幇助自殺が合法化されている。ただ、そこで起きていることは、急激な「すべり坂」であるという。そこでは対象者(末期病者から障害者や悲観者?へ)、処置者(医療従事者から、本人や家族へ)が拡大されそうである。またすでに安楽死は臓器移植と関係づけら...
現在、すでに多くの国・地域で安楽死又は医師幇助自殺が合法化されている。ただ、そこで起きていることは、急激な「すべり坂」であるという。そこでは対象者(末期病者から障害者や悲観者?へ)、処置者(医療従事者から、本人や家族へ)が拡大されそうである。またすでに安楽死は臓器移植と関係づけられてもいる。「死にたいほど苦しんでいる人がいるなら死させてあげたらいい」という素朴な善意も、ひとたび制度化されると、政治や経済その他もろもろの思惑を抱えて恐ろしい社会を後押しするものになり得ると本書はいう。
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どうしてみんな「死ぬ」という選択しか考えられないのだろう。著者が言うように、「死ぬ権利」を認めてもいいけれど、同時に「生きる権利」も認められなければならない。 免疫学者の多田富雄さんは67歳のときに脳梗塞で半身不随になり、発語はできず食物も自力では飲み込めなくなった。しかし、彼は...
どうしてみんな「死ぬ」という選択しか考えられないのだろう。著者が言うように、「死ぬ権利」を認めてもいいけれど、同時に「生きる権利」も認められなければならない。 免疫学者の多田富雄さんは67歳のときに脳梗塞で半身不随になり、発語はできず食物も自力では飲み込めなくなった。しかし、彼はそのときから「本当の意味で生きている」と感じるようになり、その日々を『寡黙なる巨人』(文春文庫)という本に綴った。 「こんな状況になってまで生きながらえたくない」という人がいる。でも一方で、上のように「こんな状態」になっても生きたいという人がいるのだ。いったい何が「生きたい」と「死にたい」を分けるのか。 著者は安楽死反対ではないと言いつつ、安楽死の合法化には懐疑的だ。それは、どんな状況にある人間でも、「生きよう」と思える世界にしたいからだ。 安楽死の問題は、有名な「トロッコ問題」に似ている。5人の人間を救うために、1人の命を犠牲にしてもよいか。そういう状況はもちろんあり得るだろう。でも実際のケースでは、「本当に全員を助ける方法はないのか」が常に模索されなければならない。一度でも「1人を殺していい」という理屈がまかり通ってしまえば、その次からはシステマティックに「少数派は犠牲にしてもよい」という結論が引き出されてしまう。それがこの思考実験の危険なところだ。 安楽死も同じである。安楽死でしか救えない患者がいないとは言えない。それは悪魔の証明だから。しかし同時に、「安楽死以外に方法がない」ということも証明できないのだ。 安楽死を制度化してしまえば、「こういうケースでは安楽死させます」という機械的な思考で患者を「処理」してしまう事態が起こらないか。いや、安楽死先進国ではもう起きているのだろう。安楽死で個人を救うことと、安楽死を国家レベルで合法化することは、イコールではない。
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安楽死について頭を整理したくて手に取った。 前半は安楽死を既に導入した海外の現状について。 後半からは障害児の娘をケアする親としての自分の体験からの思いが書かれていた。 医療従事者から『無益』と診断され、生命を絶たれる経験はさぞかし無念だろうと思う。ケアが無いと生きられない人達を...
安楽死について頭を整理したくて手に取った。 前半は安楽死を既に導入した海外の現状について。 後半からは障害児の娘をケアする親としての自分の体験からの思いが書かれていた。 医療従事者から『無益』と診断され、生命を絶たれる経験はさぞかし無念だろうと思う。ケアが無いと生きられない人達を安楽死に誘うのが社会からの要請だとするとそこに尊厳はあるのか。それが進んだ先がナチスだという意見には頷けるところがあった。 今後日本では高齢者が増え、今のようにはケアができないだろうと思う。放置され死を待つのと自分で幕を引くのではどちらが正しいのかなと考えてしまった。
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ショックだった。これまで安楽死賛成派の思いがあったが、そんな簡単なものではなかった。それを知ったショック、それを知らなかったことへのショック、こんなにも簡単に世論は動いてしまうことへのショック。言葉の使いわけへの注意を払うこと。真の自己決定権はなされているのか。 尊厳の贈り合いと...
ショックだった。これまで安楽死賛成派の思いがあったが、そんな簡単なものではなかった。それを知ったショック、それを知らなかったことへのショック、こんなにも簡単に世論は動いてしまうことへのショック。言葉の使いわけへの注意を払うこと。真の自己決定権はなされているのか。 尊厳の贈り合いという表現に救われ、その情景に涙があふれた。
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- ネタバレ
※このレビューにはネタバレを含みます
どうせ死ぬなら、楽に逝きたい。安楽死への甘い誘惑。しかし、死への主張を強めることは、生への権利を奪われることにもつながる。揺れ動く気持ちの中で、一旦死にたいの意思を示したら撤回が効かない。再び生きる希望を持つことは許されず手続きが進められる。限られた医療リソース。QOLを望めない人生は切り捨てられる。障害を持つ子の救命は後回しにされ、長生きを模索する高齢者は煙たがられる。生活困窮者には助けることよりも死を選択させる。安易な法制化は地獄への一歩。「賛成」「反対」の二元論で語る前に知るべきことがたくさんある。 少し長いですが、こちらの動画も大変参考になりました。世の中に解決できない問題はたくさんある。なんでも解決するという思考ではなく、あいまいを享受することも大切である、ということも学べました。 https://youtu.be/FT3SfwBc4Ac?si=JfI5VXgS9WTcW2oR
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