口ぶえ 折口信夫作品集 の商品レビュー
折口信夫文学忌、迢空忌。 先生の雅号から名付けられています。 折口先生の初期文学を収めた短編集。いずれも未完成や断章的な色合いの四編 「口ぶえ」 1914年(大正3年)、折口27歳。中学教師だった頃、大阪「不二新聞」に連載された小説。 本文末には「前篇終」とあるが、後編は書か...
折口信夫文学忌、迢空忌。 先生の雅号から名付けられています。 折口先生の初期文学を収めた短編集。いずれも未完成や断章的な色合いの四編 「口ぶえ」 1914年(大正3年)、折口27歳。中学教師だった頃、大阪「不二新聞」に連載された小説。 本文末には「前篇終」とあるが、後編は書かれず、未完のまま残された。 舞台は明治の大阪の男子校。主人公は学内で人気のある男子生徒で、折口自身の投影とも思える。物語全体は、のちの折口文学を先取りするような、同性愛原点の趣。 タイトル「口ぶえ」は、前編の中には表現されず、呼びかけなのか、秘密の合図でなのか 読者に委ねている。 主人公の少年は、やがて寺で修行する少年を求める。同時期の谷崎潤一郎『二人の稚児』(1918)を思い出す。とはいえ、舞台や人物設定に共通点があるが、折口は二人の感情の成就を描こうとしている。 ラストでは感情の交差ののちに「死」を匂わせるが、折口先生が生涯にわたり恋愛を隠さず表現していたことを思えば、やや意外でもある。もしかすると、後編で別の展開を構想していたのかもしれないとは思った。今となっては、わからない。 「身毒丸」 折口先生が27歳のときに書いた小説。 説経節を下敷きにしていますが、登場人物や場面設定は大きく異なり、むしろ原型に近いのは寺山修司の舞台の方かもしれません。 物語は、父に捨てられ田楽法師となった美少年が、他の少年たちと交わることもなく、反抗することもなく、ただ諦めきったような不思議な空気の中で生きていく姿を描きます。折口先生らしく寺社や芸能の民俗的要素を感じさせますが、若い折口先生が抑えきれなかった性愛や幻想を、文学として昇華しようとしていたのかとも思う。 耽美的で幻想的な文学としての魅力『身毒丸』は折口文学の原点を味わえる一編だと思います。 「神の嫁」 未完に終わったごく短い小説ですが、巫女的存在が「神の花嫁」となる幻想譚として読めます。筋立ては淡くとも、折口先生の民俗学的関心──神婚譚(神と人との婚姻)を文学とした作品かと。 むしろ本作には、後に書かれる『死者の書』に登場する中将姫を思い出させます。自らを神に捧げ、災いを鎮めるために「神の嫁」となる巫女のイメージ。「神に嫁ぐ者」「神に召される者」 短く未完のために読みにくさはありますが、宗教性と幻想性の交錯する掌品。 「生き口を問う女」 こちらの作品も未完のまま終わっています。 文章は折口先生らしく文脈が難解で、ストーリーを追うよりも観念を読み解くといったような。 ここで描かれるのは「生き口」、すなわち生霊の恐怖です。死者の怨念ではなく、生きている人間の想念が他者に憑く。その不気味さが、執拗に問いかける女の姿を通して表されます。 紹介などでは「怪異小説」と位置づけられますが、民俗学的な“生霊譚”とも。明確な情景や結末はなく、ただ「憑かれる不安」そのものを作品化した点に特色があると思います。
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口ぶえ、身毒丸は既読。 神の嫁は死者の書の20年前の先行作品。未完。 あの亡霊は登場しない。疫病に苦しむ市中に対し、生贄になろうと望む横佩家の郎女。 生き口を問う女は現代が舞台。大阪弁で男とその囲い者のやり取り。生霊がテーマ。 正直、細かい処が良く判らない。 口ぶえも身毒丸も未...
口ぶえ、身毒丸は既読。 神の嫁は死者の書の20年前の先行作品。未完。 あの亡霊は登場しない。疫病に苦しむ市中に対し、生贄になろうと望む横佩家の郎女。 生き口を問う女は現代が舞台。大阪弁で男とその囲い者のやり取り。生霊がテーマ。 正直、細かい処が良く判らない。 口ぶえも身毒丸も未完のような作品と思う。 つまり、初期作品集なのかな。 BLを暗示する表紙や帯で売ろうとするのはどうなんだろう。
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読みづれぇ 新字体に直したところで読みづらい 大坂の辺りが分からないのも又手が止まる要因となった 思春期特有の同性に対しての淡い想いなのかと思ったらしっかりと男色のそれだった
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1914年(大正3年)、不二新聞に25回に渡って連載されたBL小説が「口ぶえ」である。 ‥‥一年生の頃から渥美の名を聞くと、軟らかな「けば」で撫でられた楽しい気もちになるのがくせだった。‥‥(84p) 折口信夫27歳、当時大阪府立今宮中学校嘱託教員を辞し、上京して教え子たち1...
1914年(大正3年)、不二新聞に25回に渡って連載されたBL小説が「口ぶえ」である。 ‥‥一年生の頃から渥美の名を聞くと、軟らかな「けば」で撫でられた楽しい気もちになるのがくせだった。‥‥(84p) 折口信夫27歳、当時大阪府立今宮中学校嘱託教員を辞し、上京して教え子たち10人と本郷下宿屋に同宿し始めたばかりだった。つまり、折口信夫は有名になってからカミングアウトしたわけではなく、無名の時から隠さなかった。 直接表現こそないものの、知的エリート中学生たちの気持ちは純粋で赤裸々である。純粋な南大阪地方の言葉が、それを後押しする。 既に昔の大和言葉も、縦横に語れるバイリンガルでもある。他の短編に、中世河原者の生活を描く「身毒丸」、名著「死者の書」の前身「神の嫁」、などが載っている。決して読み易い小説ではないが、BL小説の自伝的部分にせよ、歴史的小説にせよ、何らかの「純粋性」を抽出しようとする、繊細な男の熱量が感じられた。 「身毒丸」の後に附言して彼は書く。 「わたくしどもには、歴史と伝説の間に、そう鮮やかなくぎりをつけて考えることは出来ません。殊に現今の史家の史論の可能性と表現法とを疑うて居ます。史論の効果は当然具体的に現れて来なければならぬもので、小説か或は更に進んで劇の形を採らねばならぬと考えます。わたしは、其(そん)で、伝説の研究の表現形式として、小説の形を使(つこ)うてみたのです。この話を読んで頂く方にお願いたいのは、わたしに、ある伝説の原始様式の語りてという立脚地を認めて頂くということです。」(126p) 正に、柳田国男の「遠野物語」もそうであった。折口信夫の豊かな教養は、遠く平安時代の生き霊渦まく伝説の世界までたどり着くだろう、という事だろう。 世間で「文学」としては敬遠されてきたこれらの短編が、気軽に手に取り、比較的捲りがいのある紙質を使った文庫本に蒐集されたのを喜びたい。
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昔の言葉遣いに慣れるまでちょっと苦戦しました。 読み進めると今で言う「ボーイズラブ」であることが分かり複雑な心持ちで読みました。 偏見はありませんが、心模様を文章にするとこの様な…と異国に飛んだかの様でした。 表装も確かに今風のボーイズラブであり、作者の言わんとするものを映して...
昔の言葉遣いに慣れるまでちょっと苦戦しました。 読み進めると今で言う「ボーイズラブ」であることが分かり複雑な心持ちで読みました。 偏見はありませんが、心模様を文章にするとこの様な…と異国に飛んだかの様でした。 表装も確かに今風のボーイズラブであり、作者の言わんとするものを映しているよう。
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