検証 ナチスは「良いこと」もしたのか? の商品レビュー
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巷にはナチスやヒトラーを擁護・支持し、他の戦争犯罪や政治的弾圧・暴力を相対化せんとする主張がかなり蔓延っている。本書ではそのような主張を妄言と即座に否定せず、ナチズムやナチ体制下の各種政策について一つずつ検証を行っている。 本書にて何より興味深い箇所は、「はじめに」で述べられる歴史学における姿勢--<事実><解釈><意見>の三層に分けて検討することである。筆者によると歴史学では<事実>レヴェルで片付けられる問題は少なく、2番目の<解釈>の層が最重要であるという。たとえ<事実>としては素晴らしく映る事象でも、歴史研究が積み重ねてきた厖大な知見=<解釈>を経て<意見>に辿り着かなければ、全体像や文脈が見えぬまま誤った判断を下すおそれがある。この歴史的事実を扱う際の姿勢はどのような問題においても当て嵌まるであろうし、今後も決して忘れるべきではないだろう。本書はナチス/ヒトラー研究の分野としても歴史学の分野としても適切な入門書と言える。
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どんな意見を持つことも自由であり誰にも制限されない権利はあるけれど、少なくともそれは客観的事実に基づく正しい解釈でなければならないということを特にこのトピックでは再認識させられる。 ナチスの功罪を論じるに当たって、そもそもが他国や特定の集団・人々からの収奪や排斥を前提としていると...
どんな意見を持つことも自由であり誰にも制限されない権利はあるけれど、少なくともそれは客観的事実に基づく正しい解釈でなければならないということを特にこのトピックでは再認識させられる。 ナチスの功罪を論じるに当たって、そもそもが他国や特定の集団・人々からの収奪や排斥を前提としているということは忘れてはならないと思う。
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「ナチスは良いこともした」という議論が定期的に繰り返されている。 「はじめに」がとっても重要なことを言っていると思う。 著者はE Hカーの叙述を紹介する。「カエサル以前も以降もルビコン川を渡った人は無数にいる。カエサルの事実が切り取られて重要なのは、歴史家がそこに大きな歴史的重要...
「ナチスは良いこともした」という議論が定期的に繰り返されている。 「はじめに」がとっても重要なことを言っていると思う。 著者はE Hカーの叙述を紹介する。「カエサル以前も以降もルビコン川を渡った人は無数にいる。カエサルの事実が切り取られて重要なのは、歴史家がそこに大きな歴史的重要性を見出すからだ」 歴史の一断面を切り取って善悪を判断することは、しばしば間違う。切り取れてきたものの妥当性を相互チェックするというのが、学問本来のあり方だろう。 それには、「事実」「解釈」「意見」の検討が重要である。「解釈」までは、目的や文脈などで検証が可能であるが、「良いものは良いのだ」という「意見」に対してはどう対処するか。著者はだからこそ「解釈」が重要だという。「事実」から一挙に「意見」に飛躍すると、現代社会でそれが共通了解になることはおそらくないだろう。と著者は言う。(←ホントにそうか?日本はそうなっているのではないか?) 以下個別的検証 「ドイツ人は熱狂的にナチ体制を支持していたのか?」 ←支持する理由は一定あったし、人々はそれによる利益も享受されていた。しかし、「熱狂的」とは言えなかった。「強制」という面もあった。 「経済回復はナチスのおかげ?」 ←大きくいえば、過剰な財政支出に基づく軍需経済で、破綻の危機と紙一重のいわば綱渡りの体制だった。しかも、「収奪の経済」「外国人労働者の強制労働」があった。 ←この辺りは「事実の検証」のみである程度立証できる。 「ナチスは労働者の味方だったのか?(福利厚生措置)」 ←①先駆的な取り組みではなかった。②目的は労働者の管理・統制のためだった。③実際に労働者の生活は改善もされなかった 「手厚い家族支援?(結婚資金貸付制度)」 ←①ナチスオリジナルの政策ではなかった②目的は戦争を戦い抜くため。しかも社会主義者、ユダヤ人、障害者などは排除された③確かに子供は増えた。しかし政策のためではなく、世界恐慌のために控えていたカップルが、景気回復のために一時的に子供を産んだだけ。 「先進的な環境保護政策?」「健康帝国ナチス?」 等々も同じような経過を辿る。 著者は「おわりに」で、 「「ナチスは良いこともした」と主張する人たちにあっては、そうした反権威主義的な姿勢はいわゆる「中二病」的な反抗の域を出ず、(略)過去の研究の積み重ねから謙虚に学んで、それを批判的に乗り越えてゆく姿勢はほとんど見えない。」 と述べている。 ナチスに関する歴史については、こんなにもわかりやすい「入門書」が作られるのに、どうして日本の朝鮮半島への植民地支配については、ネットではなく、書き捨ての一時本ではなく、きちんとした「入門書」が作られないのか? 「日本は朝鮮半島に良いこともした」という「解釈」や「意見」に対して、私たちはどう向き合えば良いのか。 それを考える契機にしたいと思う。
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SNSでは度々、ナチスは良いこともしたという言説を垂れ流す輩が現れる。その度に専門家たちが反論している。 この流れはもう何度やるんだってくらい繰り返されており、正直こちらもまたかという気持ちでいる。 その最終回答として、ドイツの現代史を専門とする小野寺拓也さんと田野大輔さんのお二...
SNSでは度々、ナチスは良いこともしたという言説を垂れ流す輩が現れる。その度に専門家たちが反論している。 この流れはもう何度やるんだってくらい繰り返されており、正直こちらもまたかという気持ちでいる。 その最終回答として、ドイツの現代史を専門とする小野寺拓也さんと田野大輔さんのお二人が、ドイツは良いことをした言説の悉くを喝破していく。 本書はナチス関係の入門書としては機能しないので、まず始めに新書なんかである程度知っておいてから読んだほうが理解が進むと思う。 浅はかな言説にはとらわれずに勉強することの大事さも教えてくれた。
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ナチスの功績を一つ一つ丁寧に検証し論じたもの.「良いこと」と世間で言われていることに惑わされないしっかりした目が必要だ. 「ドイツ人は最初は借金で生活し,次には他人の勘定で暮らした」に深く納得.ナチ体制はまさしくならず者国家である.
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昨今のSNSで定期的に話題となる「ナチスは良いこともした」という言説に対して、丹念にナチスを巡る歴史学の研究を追いつつ、実証的な検証をまとめた1冊。非常に薄い岩波ブックレットの一冊ということもありページ数こそ少ないものの、シンプルながら非常に理路整然と著者の主張がわかる1冊となっ...
昨今のSNSで定期的に話題となる「ナチスは良いこともした」という言説に対して、丹念にナチスを巡る歴史学の研究を追いつつ、実証的な検証をまとめた1冊。非常に薄い岩波ブックレットの一冊ということもありページ数こそ少ないものの、シンプルながら非常に理路整然と著者の主張がわかる1冊となっている。 本書ではよく耳にするようなナチスによるドイツの急速な経済回復、子育て支援などの育児政策、環境保護政策など、いわゆるネトウヨ的な人種がSNSでつぶやく種々の「ナチスは良いこともした」という主張1つ1つに対して、最新の歴史学の研究を踏まえて実証的な見解を示す。主張によってはある局面だけを取り上げれば良いことをしたと言える側面が多少あったとしても、政策の影響をトータルで良かったと言える類のものではない、というのが本書での結論である。 こうした実証を通じて、物事の価値というのは一側面から見るのでは決してわからず、多様な観点から見て初めてクリアになるものである、という当たり前の認識論を痛感させられる点で、一側面(と言えない場合すらあるが)から見ただけでそれが全てであるかのように語るSNS時代の言論やニュースを冷静に見ることの大切さを教えてくれる。
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※このレビューにはネタバレを含みます
中身的には知ってる話が多かったけど、あるあるの「よいこと」論に対して検証していくの切り口はそれはそれで整理できてよかった。環境、動物関係は初耳で面白い。屠殺でも苦しまないように…はええやんええやん、と思ったら反ユダヤ主義から出てきたた話だったり、環境保護がドイツのナショナリズムと結びついたものであったり。このへんはその場の前提を知らないと全然わからないよなあ。前書きの事実、解釈関係のところは何度か読み返したい部分。
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事実だけで評価することはとても危ういことだということを改めて痛感させられた。 私もヒトラーの演説がうまかったからなどと漠然とした認識しかなかったが、これを読んで、①どのような歴史的背景・文脈で、②何が目的だったのか、③そして、それがどのような結果をもたらしたのか というように...
事実だけで評価することはとても危ういことだということを改めて痛感させられた。 私もヒトラーの演説がうまかったからなどと漠然とした認識しかなかったが、これを読んで、①どのような歴史的背景・文脈で、②何が目的だったのか、③そして、それがどのような結果をもたらしたのか というように多角的に検証して「解釈」していくことがとても大切なのだ。 「歴史知識」と「歴史意識」を分けて考えること。 それを教育現場の「探究」で、どのように担保していくかが問われていくのだろうなぁと思った。
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たまたまネットで見つけました。ちょっと難しいですが、何とか読み終わりました。そうなのかー!納得です。
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岩波ブックレットなので、事実も意見も、まず共通して持ち合わせるべき基本的なところを示しただけの一冊。深く知りたかったり、意見を言いたかったりするのなら、本書を踏まえた上でさらに探求すれば良い。 歴史と向き合う一冊として、ケーススタディとして読むことができる。
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